記事登録
2008年07月09日(水) 19時35分

元刑務官に聞いた、死刑制度の是非オーマイニュース

 今年6月30日、中国遼寧省大連市中級人民法院にて、麻薬密輸罪に問われていた日本人の60代の男性被告に対する1審判決で、死刑が言い渡された。

 中国の人々に死刑制度の是非を問うたびに、「重罪を犯した人には絶対必要な処罰だ」との回答を得てきた。そしてその重い罪とは何かとたずねると、「殺人・レイプ・ドラッグ関与」という回答が多数を占める。

 私自身、20代のころは死刑に反対だった。罪を犯しても、反省の時間を与え、改心させることは出来るのではないか、と考えていたからだ。

 だが昨今、凶悪化している犯罪の状況や、再犯による事件報道などを耳にするたびに、その思いは揺らぎ、死刑という処罰の必要性を感じ始めた。

 死刑が執行されるたびに被害者目線、加害者目線、どちらにも属さない第3者目線によって是非が問われる。

 それでは日々、受刑者をすぐ側で見つめてきた元刑務官はどう考えるのか。

 ひとりの日本人の元刑務官と知り合うことができた。これまで東北地区の刑務所、拘置所で10年超の勤務経験がある。過度の心労で離職したが、元同僚から、日本での中国人犯罪者の増加に伴う現場の負担増を聞かされて復職を決意、独学で中国語の学習を始め、現在、会話力向上を目的に上海に在住している

 この元刑務官に2008年6月10日、上海で取材した。

 ◇

それがお前らの仕事だろ、と言われても……

───今年4月、9年前に山口県で起きた母子殺害事件に、ようやく死刑判決が出ました。過去の事件で一番記憶に残っているのは、警察庁広域重要指定事件にも指定された連続殺人の宮崎勤死刑囚の事件です。この2件について、あなたはどう感じていましたか。

 両者とも反省の態度が伺えなかった以上、更正の可能性は全くないだろうと感じていたので判決は予測していましたし、今の法制度では妥当だと思います。

───死刑制度については、どうお考えですか。

 断固反対します。刑を執行するのは刑務官の仕事です。いつか自分がやらなくてはいけないと悩み、それが理由で退職してしまう人も多い。同僚のひとりは、死刑反対の署名運動に偽名で参加している、と語っていました。

 女性の場合、出産の経験も視野に入れられますから、執行は男性刑務官のほうが多いそうです。また、ご夫人が妊娠中という人も新しい命の誕生が間近だからという理由で、指示を断ることも出来るようですが、刑務官の職に就いた以上、それがお前らの仕事だろと言われても、殺人であることに変わりはありません。

 極論で言うならば、法務大臣は、「刑を執行しろ」と言えばいい。そして多くの国民は、「凶悪犯罪者には死刑を!」と言うだけでいい。でも国が裁くと言っても、ボタンひとつで処刑が完了するわけではありません。

 そうかといえ、誰もが刑務官の職に就きたくないと思えば、刑を執行する者もいなくなる。誰かがやらなくてはいけないことですが、そう簡単に割り切れるものではありません。

 また、反省の態度が伺えない者であればあるほど、死ぬまで罪の意識を負わせるべきだと考えます。もしも我が子が被害者になったらと想像しても、死刑反対という気持ちに変わりはありません。

───ご自身のお子さんが被害者になったらと想像しても、死刑反対の思いに変わりはないと断言されましたが、再犯者にとって塀の中は慣れた環境ですよね。終身刑を言い渡されても、気が楽なのではないでしょうか。

 確かに、刑務所も住めば都で快適だと感じている者もいるでしょう。でも現状の制度では、刑務官が行えることにも限界があります。ちょっと厳しい物言いでもすれば、「担当の先生の態度が怖い」などと弁護士会や人権擁護機関に手紙を書く。彼らは、飯がまずいだなんだと食事にまで注文を付けることが出来ますから。

現状の法制度では再犯はなくならない

───刑務官にとって、刑務所はどんな場所だと認識されていますか。

 規則正しい生活を覚えさせ、自分の犯した罪に対する刑に服させる場所です。

───罪の重さを認識させるために、どんな教育が行われているのでしょうか。

 能力に応じた仕事に従事させます。月に2回程度の教育的処遇日には、教育部という部署が作成したプログラムに基づいてラジオを聞かせたり、性犯罪やドラッグ防止のビデオを見せ、ロールプレーイング式で被害者感情をイメージと共に理解させたり、家族に向けた作文を書くなどの時間に使います。

 ドラッグに関与し逮捕された者や、基礎学力がない者などは犯罪の内容や個々の能力によって個別のプログラムを課す場合もあります。話すことは出来るが漢字の書き取りが出来ないという者には、まずそれを身に付けさせ、模範囚になるとグループ教育ではなく、自習時間を与える者もいます。

───被害者遺族や自分の家族に向けた手紙は、プログラムの一環で書かせるんですか

 強制的に何かを書かせるということはありません。反省の思いを綴った手紙のほか、自主的に多くのことを書きたがる者もいます。収容されてすぐの頃は、「誰も自分をまともに相手にしてくれなかった」などと、社会に対して逆恨み的な発言をしていた者に限って、中に閉じ込めた途端、外の世界との繋がりを持ちたがるように感じます。

───教育プログラムの作成段階では専門家が協力するのだろうとは推測しますが、再犯で送られてくる人もいるなかで、その手法は効果的だと思われますか。

 教育内容を変えようが、現状の法制度では、どの罪でも再犯はなくならないと思います。鬼畜的犯罪などは特に、刑務官が受刑者を教育して改心させるということは無理だと感じます。

 近年は女性の犯罪率も増えているため、1人の刑務官が50人から60人の受刑者の監視や世話を行っているという状況の刑務所もあります。刑務官の数自体が不足している今、全ての受刑者に個別で時間をかけて教育するということは不可能です。

刑務所内の人権・設備、刑務官不足も改善を

───では凶悪犯罪も、撲滅することは出来ないとお考えですか。

 はい。聞いた話では、某所の法務教官が、ある研修でこんなことを言ったそうです。「罪を犯した者に必要なのは、厳しさではなく愛だ」と。「厳しさは不要だ」という環境で教育され、成人になってからも罪を犯し刑務所に入った者が、刑務官の教育で改心するとは思えません。

───一部の国会議員は、終身刑の創設や無期懲役刑の場合の仮釈放までの期間延長を検討しています。これについて、どう思いますか。

 残虐な罪を犯したから、その罰を受けるのです。死刑より残虐な刑になる、などという観点で犯罪者の人権を守り、恩赦を与える必要性を感じません。

 殺人は、家族の心をも殺害する行為です。だからこそ犯人には、「もう一生、外の世界には出られない」という罰を与えるべきです。でも死刑では、罪の重さを認識させることは出来ないと思います。

 必要だと思うことは、終身刑を導入し、窃盗や詐欺など全ての罪に対する刑も重くすること。そして刑務所内での人権保護の内容にも変更が必要だと思います。処罰内容は一般公布し、小学校や中学校の教育課程にも取り入れるべきです。そのうえで、刑務所設備の問題や刑務官不足という実態を、どう改善していくべきなのかも考えてほしいと思います。

(記者:長島 美津子)

【関連記事】
長島 美津子さんの他の記事を読む
【関連キーワード】
死刑制度

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080709-00000007-omn-cn