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2008年07月04日(金) 17時31分

◇読者レビュー◇『告発のときIn The Valley of Elah』 古閑万希子著オーマイニュース

 本書は2008年6月28日から公開の米国映画(ポール・ハギス監督)のノベライズ版である。2003年に実際に起きたイラク帰還兵の殺害事件をもとに、泥沼のイラク戦争で人間性を破壊されたアメリカ軍の暗部を描く。従軍兵士の心をむしばむPTSD(心的外傷後ストレス障害)を直視したサスペンス・ドラマである。

 退役軍人のハンクに、イラク戦争に従軍していた息子マイクがイラクからの帰還直後に失踪(しっそう)したとの連絡が届くところから物語が始まる。調査を続ける中で明らかになっていったものは、自由と民主主義のために戦う正義の英雄とは程遠いアメリカ軍の姿であった。

 『告発のとき』は邦題で、原題は『In The Valley of Elah』である。これはエラの谷という意味で、旧約聖書サムエル記に登場する。後にイスラエルの王となる羊飼いの少年ダビデが、ぺリシテ人の巨人ゴリアテを倒した場所である。

 果たしてアメリカ兵は巨人ゴリアテに立ち向かう勇敢なダビデと言えるのかと考えさせられるタイトルとなっている。むしろ人間性を破壊するイラク戦争を続けるアメリカ軍に抗議する声こそがダビデなのではないか、と自問したくなる。そして、この問題意識が邦題『告発のとき』につながっている。

 現代の意味から離れた邦題は原題のイメージを壊すものとして、英語圏の文化に素養のある人にとっては不満が生じうるものである。しかし、上記のように考えるならば、本作品の真意をくみ取ったひとつの解釈として、味わい深さが感じられる。

 戦場での過酷な生活による、人間性の破壊は日本でも人ごとではない。イラクに派遣された自衛隊員の自殺が問題を示している。自殺という形で自分を傷つけてしまう人がいるならば、攻撃の対象が他者に向かう人もいるのではないか。

 アメリカと比べて自衛隊が閉鎖的で情報公開に消極的であるために明らかにされない面があるならば、日本の方が深刻である。当事者意識の薄い日本人向けだからこそ、よりストレートな意味合いを持つ邦題にする意義がある。

 映像作品の小説版の良いところは、映像だけでは不十分な内容が文字により説明されている点である。これによって読者は映像だけでは分からなかった点も理解することができる。一方、説明が冗長になると物語のスピード感が損なわれるデメリットもある。

 本作品でも、警察と憲兵の仕事の押し付け合いやヒスパニックへの差別感情など、アメリカ社会の背景は、本書を読んだ方が理解しやすいだろう。一方、本書は基本的に真実を追求するハンクの視点で描写されており、彼の調査の進展に応じて場面が展開する。そのため、映画を見るようなテンポで本書を読み進めることができる。映画を見られる方にも見られない方にも推奨したい一冊である。

ポール・ハギス原案
講談社
2008年6月2日発行
167ページ

(記者:林田 力)

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