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2008年07月04日(金) 17時24分

◇読者レビュー◇『G8サミット体制とはなにか』栗原康著オーマイニュース

 『G8サミット体制とはなにか』(栗原康著、以文社)はサミット(先進国首脳会議)を頂点とする世界秩序(=サミット体制)を批判的な立場から解説した書である。サミットの歴史を振り返り、サミットの目的を明らかにし、サミット体制が各国にもたらした影響を説明する。

 著者はサミット体制を、多国籍企業の利益のために世界各国に新自由主義的な経済政策を押し付ける体制と位置付ける。わずか8カ国の私的会合に過ぎないサミットがIMFや世界銀行などの超国家的機関を媒介として、世界の政治経済について事実上の政策決定を行っているとする。

 1970年代以降、先進諸国はサミットを通して、資本の自由化や貿易上の保護主義の撤廃を進め、多国籍企業が経済活動を行いやすい環境の構築を図った。特に第三世界に対してはIMFや世界銀行を通じて構造調整政策を押し付けた。

 この結果、多国籍企業は利益を拡大する一方で、大勢の人々は困窮した。輸入自由化による農業の崩壊や、労働法制の規制緩和による労働環境の不安定化、民営化による公共サービスの低下など、人々の生活基盤を破壊し、貧富差を拡大させている。

 本書では壊滅的な打撃を受けた例としてソマリアを挙げる。構造調整政策を受け入れたソマリアでは貿易の自由化による安価な輸入作物の大量流入や、農業従事者向け公共サービスの切り捨てにより、国内の農畜産業が衰退した。ソマリアの食糧不足・飢餓は、構造調整政策による人災であると本書は主張する。

 これまで私は、本書で強く批判されている新自由主義的な経済政策には大いにシンパシーを感じていた。日本の公務員の相次ぐ不祥事を出すまでもなく、政府を動かしているのも欲を持った個々の人間に過ぎないためである。政府の役割を過度に大きくするならば、それだけ腐敗と非効率の危険を大きくすることになる。

 政府が適切に経済を管理すれば最適化できる可能性はあるにしても、政府を動かすのは神ならぬ人間である。自由放任により、神の見えざる手が働くとは考えないが、政府の誤った政策による弊害の方がはるかに大きいため、政府の介入は可能な限り減らすべきというのが管見であった。

 一方で新自由主義者とされる人々が外交・安全保障面ではタカ派の傾向を有することには違和感を覚えていた。小さな政府と軍事費増大は矛盾する。また、人間の不完全性を前提として国家権力の介入による弊害を避ける立場ならば、国家が起こしうる最大の惨禍である戦争に対して否定的になるのが自然と考える。

 しかし、実際は新自由主義者とされる政治家(サッチャー、レーガンら)は揃ってタカ派である。これは私にとって1つの疑問であった。この疑問に本書は1つの回答を提供する。

  1980年代に台頭した上記の新自由主義の政治家はまさにサミット体制の申し子であった。そしてサミット体制が進める政策は多国籍企業の利益を守るものにほかならない。その主張する自由とは多国籍企業の経済活動の自由であって、利権の維持・拡大に必要ならば武力行使を躊躇しない。

 その例として、本書ではイラク戦争を挙げ、戦争の目的を、先進国の経済プロジェクトに従属的な政権を打ち立てることにあったとする。多国籍企業の経済活動を保護し、第三世界に対する経済支配を強化する点で、サミット体制は多くの人々にとって自由の対極に位置するものである。

 サミットが開催される度に激しい抗議活動の対象となるのも、このためである。洞爺湖サミットの物々しい警備活動が報道されているとおり、警察権力に守られなければ開催できないのがサミットの実情である。サミットに抗議した人々の境遇と思いに共感するための想像力を働かせることがサミット体制を克服するための第一歩になる。

 本書では2005年に中国各地で吹き荒れた反日デモもグローバル化への抗議活動と位置付ける。グローバル化による貧富差の拡大や農村破壊への中国民衆の怒りが、中国に大々的に進出しており、民衆にとって分かりやすい日本へ向かったとしている。

 本書で言及されているとおり、日本のプレカリアート(非正規労働者ら)が政府や企業への怒りを噴出させ始めていることは注目に値する。一方でネット右翼のように排外的な方向に転嫁して自尊心を満足させる傾向も見られる。例えば反日の声に嫌中で応じるのではなく、反グローバリズムとして連帯できるか、日本人の想像力が試されている。


『G8サミット体制とはなにか』栗原康著
以文社
2008年6月12日発行
定価:1680円
176頁

(記者:林田 力)

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