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2008年07月02日(水) 12時21分

牛トレサビ法の盲点ついた、飛騨牛「丸明」の裏切りオーマイニュース

 私が飼育している牛の耳には、「耳標」というプラスチック製の札が装着され、そこには、10桁(けた)の数字が記されている。

 これは牛個体を特定するための番号で、「個体識別番号」と呼ばれている。国内のすべての牛に振り分けられたこの番号は、農水省傘下の(独)畜産改良センターの手で、一元管理されている。

 これは2003年、牛海綿状脳症(BSE)の発生を教訓に制度化されたもので、通称、牛トレサビ法(トレーサビリティ法)という。

 BSE 発症の場合を想定し、感染した牛の生まれた農場や飼育された農場を、迅速に特定するためだ。これによって、BSEの蔓延(まんえん)を最小限に抑えることはもちろんのこと、インターネット経由で、日本の飼育されているすべての牛の生育履歴を提供できるようになった。

 この牛トレサビ法は、牛が生まれた時からスタートする。

 生まれた牛は個体識別番号とともに、畜産改良センターへ報告される。このデータベースには、その牛の出生年月日や別、種別、母牛の同番号などの情報も登録されることになる。

 牛は生まれた農場などで一生を終えるわけではない。生育途中で異動する場合もある。当然、異動日や、異動先などの情報も畜産改良センターに報告する義務が課されている。

 つまりデータベースには、その牛の誕生から屠殺(とさつ)までのすべての転入・転出記録が網羅されることになる。

 この法律によって、牛を飼育する農家・農場には、従来に増して牛の生育管理面での安全性や衛生性が求められことになった。万が一にも牛や牛肉に問題が生じようなものなら、瞬時に管理者が特定され、その後の経営に重大なリスクを負うことになったのは言うまでもない。

 このように、牛の「生産」情報は、出生から屠殺までの間は個体識別番号によって捕捉されている。それはいい。では、屠殺以降の枝肉の「流通」段階で、品質はどのよう担保されるのであろうか。

 岐阜県の食肉販売会社・丸明で、ブランド牛「飛騨牛」の偽装表示が発覚した。同社は農水省の検査を受けている。

 飛騨牛とは、全国に名高い岐阜県のブランド牛であり、枝肉のなかで、上位等級格付けの県内牛にだけに与えられる称号だ。報道によると、丸明の場合、下位等級の枝肉も「飛騨牛」として表示、販売した。(注:枝肉=頭部・内臓・尾・肢端を取り除いた部分の骨付きの肉)

 ここでクローズアップされるのが「耳票」個体識別番号だ。

 牛の耳に装着された耳標の個体識別番号は、その牛が生きているうちは、その牛を特定する証拠になる。しかし、食肉屠場で屠殺された時点からは、牛個体ではなく、枝肉として管理され、牛に付けられた番号は枝肉に引き継がれ、食肉卸売業者、小売店、特定料理提供者(たとえば焼肉店など)へと転売されるつど、その個体識別番号を表示し、取引の記録とその保存を帳簿で管理することに変わっていく。

 ところが、屠殺され牛肉となった商品に表示された個体識別番号は、その牛を特定する証拠にはなり得ない。

 というのは、いくら、消費者が飛騨牛と表示されている牛肉の個体識番号をインターネットで検索しても、その牛が飛騨牛であるかどうかや、その番号の牛であるということは分からないからだ。残念ながら現状のシステムでは、小売りなどの段階で不正が起こる危険性がどうしても残っている。丸明の飛騨牛偽装事件は、その盲点を突いたといえよう。

 偽装防止のため、農水省は屠殺された全枝肉のサンプルをあらかじめ保管し、小売店などで不定期に抜き打ち検査した肉と照合させるシステムをとっている。抜き打ちした検査した牛肉のDNAと、屠殺段階で保管していたサンプルのDNAが一致すれば、不正はないことが証明される。しかし、実際には抜き打ち検査の頻度があまりに少ない。この抜き打ち検査の少なさが、この事件を誘発させた背景にある。

 飛騨牛のブランドは、生産者と流通業者の両方の努力によって全国区になった。同じ畜産農家としては、ここに至るまでの飛騨牛生産者の努力が理解できるだけに、信義を破った丸明の所業は許しがたい。

 その意味で、再発防止のための制度改善はもちろん必要だ。しかし、それ以上に商行為における、古くて新しい鉄則「信義」が問われるのはいうまでもない。

(記者:藤原 文隆)

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