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2008年07月01日(火) 16時26分

「ぐるりのこと」木村多江がいいぞオーマイニュース

 日曜日の午後、渋谷で、橋口亮輔監督6年ぶりの映画「ぐるりのこと」を見た。映画初主演となるリリー・フランキーと妻・祥子役で、こちらも映画初主演となる木村多江。

 子を身ごもって一緒になった若い2人が、その子を失い、祥子が悲しみから心を病み、夫婦の葛藤があり、やがてそこから再生していく物語。

 靴屋でアルバイトしていたカナオ(リリー・フランキー)が、友人の紹介で法廷の被告人たちのスケッチ画家になるという設定がおもしろい。

 法廷画家になったカナオが目にする90年代の宮崎勤(逮捕は89年)、オウム、お受験殺人など、さまざまな犯罪・事件を織り込みながら話は進んでいく。

 新潮で福田和也氏が絶賛していたのを読んだが、リリー氏はいわば仲間内だから、“仲間褒め”ではないかと、いささか眉にツバをつけて見始めたが、その評価に狂いがないことが、すぐにわかった。

 自然体で頼りがいのない男を、リリーが自然体で演じている。結婚してすぐ、祥子との間で、夫婦にありがちなセックスをめぐる諍い(いさかい)のシーンがとってもいい。テンポよく、何ともいえないおかしみが館内を包む。

 リリーは、演技なのか地なのかわからない、自然な姿や物言いで観客の笑いを誘い、深刻になりがちな映画を、ほのぼのとしたものにしている。特筆したいのは、祥子役の木村多江の、舌を巻くうまさである。

 女のもつやさしさ、厳しさ、怖さを十分に演じて、しかも、演じていることを感じさせない。特に、嵐の夜、精神的に追いつめられた祥子が、カナオと争い、髪を振り乱して泣き叫ぶところから、カナオのやさしさに、心を許していく20分にもなる1シーンは、素晴らしいとしかいいようがない。

 福田氏は、大女優の出現と書いたが、大げさではないほどの名演技である。前作「ハッシュ!」(02)がカンヌ国際映画祭ほか数々の映画賞を受賞し、52 カ国を超える世界公開で話題となった橋口監督は、今回も監督・原作・脚本を1人でこなしている。現代映画にも小津安二郎が出現したといってもいい、傑作である。

  ◇

 東京新聞の「大波小波」という名物コラムに「ネット言語の読解力」というタイトルで、新潮の記事への批判が載っていたので紹介する。

 秋葉原で起きた無差別殺傷事件の加藤智大容疑者を「2ちゃんねる」で、「神」と崇めたり、「英雄」「大聖人」「救世主」と呼ぶ書き込みが多くあるという。

 これについて、新潮が「ネットで『神』と崇められる『アキバ通り魔』」と特集を組んだ。「3ch」氏は、「『2ちゃんねる』特有の、ネタを弄ぶノリとツッコミの語法を、まともな意見陳述と受け取ると、このような記事になる」として、「記事は『第2第3の加藤』が現れるかもしれない不安まで煽っているが、こんな書き込みはしょせん一部に過ぎない(中略)昨今はこのように、ネット言語にあやかって記事にしたり本にしたりという例が多すぎる。世間話をネタにしたネット言説を、さらにネタにして安直な記事にする態度自体が、ジャーナリズム失格と知るべきだろう」と厳しい。

 2ちゃんねるでは、「新潮 慎重になれ」と笑われているそうだ。

 2ちゃんねるなどの掲示板への書き込みに一定の評価をしないではない。だが、メディアの多くが、あまりにも過大評価しすぎてはいないかと常々思っている。

 加藤容疑者は、犯行直前まで書き込みをしたが、誰も止めてくれなかったと、供述しているようだ。世間から孤立し、引きこもっている人間たちにとって、掲示板は、外界との弱々しい接点になるのであろう。しかし、そこは、多くが、他者への関心をもたない人間たちの集まりでもあるのだ。

 BSE問題で、高校生が中心になり、100万人のデモを開催した韓国と、顔も見せず、匿名で、見も知らぬ相手を誹謗中傷する掲示板でしかモノをいわない日本。

 70年安保世代はこういいたい。今の政治や社会、自分の周辺の人間に対して、不満や改善したい要求があれば、パソコンを閉じて町へ出ることだ! 賛同者を集め、デモでもストライキでもやったらどうか。

 もっとも、ストライキという言葉もいまでは「死語」だそうだから、小林多喜二の「蟹工船」が売れていても、無理なんだろうな。

(記者:元木 昌彦)

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