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2008年06月22日(日) 20時58分

未熟、心の砂漠、軽さ、教育…秋葉原通り魔事件 識者はこう見る産経新聞

 東京・秋葉原の無差別殺傷事件で、逮捕された加藤智大(ともひろ)容疑者(25)はエリート人生から転落、家族や社会と距離を置く中で、一層の孤独感や疎外感を募らせ、事件を起こしたとされる。だが敗北や孤独は、少なからず誰もが経験し、感じている。なぜ、加藤容疑者だけが一線を越えてしまったのか。

  ■フォト特集■秋葉原通り魔事件

■「大人になりきれなかった男が、肥大化した自我を抑えられず凶行へ走った」

 【帝塚山学院大の小田晋教授(犯罪精神医学)】

 私はこうした事件を「引きこもり突発型事件」と呼んでいる。引きこもりに近い生活をしながら、突然凶行に及ぶ。

 この容疑者の場合には、確かに派遣社員として就職していたが、彼の住んでいた社宅では周辺住民が誰も「知らない」と言っている。引きこもりに近い状況だったように推察される。

 ただ、メールを通じ外界とのつながりはあった。彼はいわゆるオタクで、オタクの集合場所に行って事件を起こした。

 もともと学校の成績もよく、それなりの自負はある。それが派遣社員になり、昇進も昇給もない生活になり、将来を封じられた結果となった。

 自己評価が上がる余地もなく、一方で、こうした犯人は、たいていナルシスト的傾向があるから、おそらく自分の才能や能力に自負があったのだろう。それを認めてくれない、生かしてくれない社会に強い不満を持った−というのが今回の事件だろう。

 逆恨みとも報復ともいえるが、彼は大きなことをやって有名になることで自己実現を果たそうとしたのではないか。

 酒鬼薔薇事件のときには、彼を尊敬、崇拝した少年により、西鉄バスジャック事件が起きた。大阪教育大付属池田小事件の犯人も法廷で、「セレブの子供を殺せば、報道されて模倣犯が出る可能性があると思った」と陳述していた。

 今回の事件は池田小事件の犯行と同一の日に行われた。彼が「記念日」と考えていた可能性もあるのではないか。

 こうした犯行は「劇場型犯罪」という。今回はたまたま、その舞台に秋葉原が選ばれたというだけで、どこでも起きる可能性はあった。

 加藤容疑者は犯行を演劇と考え、何度も構想していたと思う。だからこそシナリオに沿って綿密な準備もしたし、犯行予告もした。「秋葉原に着いた」などとリアルタイムでの書き込みもした。これから始まるという告知をするやり方は劇場型の典型だ。

 今回の犯行は西鉄バスジャック事件に近い。西鉄のとき、少年はネットの掲示板で犯行を予告した。加藤容疑者は「秋葉原についた」と書き込むことは犯行を一つのドラマのようにとらえている証拠だ。

 「世の中がいやになった」という理由で、人を殺し、死刑(もしくは射殺)になって死ぬことを「間接自殺」という。

 ただ、今回は警察官に拳銃を向けられた瞬間に刃物を落とし、座り込んだ。彼には死ぬ覚悟はなく、分別があり錯乱状態ではなかったことが推察される。

 肥大化した自我を抑えられず凶行に及ぶ事件は少年に多い。今回の場合は25歳だが、これは少年事件が成人にまで波及した結果だろう。いや、少年が大人になりきれなかっただけなのかもしれない。

 劇場型犯罪の連鎖を止めるのは大変難しい問題だが、早期に犯人を逮捕し、厳罰を下して発表をすること。それが一つのバリアになるだろう。

 こうした犯罪が起きると、弁護側は何らかの口実をつけて、精神鑑定とか奇妙なことをして、被疑者を助けようとする。

 場合によってアスペルガー症候群(広洞性発達障害)などと認定されれば、少年の場合、医療少年院送致で終わる。これでは犯罪に対する抑止力にならない。

 教育面にも問題がある。格差社会が進み、自己実現の可能性がないことを身にしみて感じながら、教育の現場では「自分探し」という名の下で、「ほかの人間とは違う生き方をしよう」なんて言い、それでいてハウツーを教えない。欲求不満がたまり、社会への怒りにつながる。

 就職して地道に働いて、我慢に我慢を重ねてようやく自己実現があるということをもっときちんと教えないといけない。

 年功序列や終身雇用の枠が崩れ、「平凡」の大切さを教えることが、本当に根本から事件を防ぐことにつながるのではないか。

■「孤独感から被害妄想につながった『心の砂漠』」

 【元検事で旧総理府青少年対策本部参事官も務めた田代則春弁護士】

 動機なき殺人という極めて理解不能な犯罪が最近多い。神戸市須磨区の児童連続殺傷事件あたりからおかしいと思い始め、池田小の事件から先、急速に増えだした。最近では岡山のホーム突き落とし事件が最も衝撃だった。今回の秋葉原もそうだが「器物破壊化殺人」の典型だ。

 私は「心の砂漠」と呼んでいるが、孤独感から被害妄想になり、「社会は敵だ」「みんなが敵対している」と思うようになる。その社会に対して復讐をしたのが、今回の秋葉原のような事件だ。

 むしゃくしゃして、人でも何でも破壊したくなる。大阪教育大付属池田小事件の男もそうだったが、犬や猫を破壊するようになってしまう。

 孤独感の始まりは「疎外感」だ。もともとコミュニケーションが苦手なタイプが多いのだが、「自分はいらない人間だ」とか「社会から嫌われている」という思いが、ネガティブな被害妄想につながる。

 孤独に陥ると殻に閉じこもりがちになる。甘えからくる引きこもりとはまた違うが、親でも友人でも対話を避けるようになる。それが危険な兆候。こんな事件を起こす段階ですでに異常なのだから、こうした兆候は普段からよく見れば分かるはずだ。それにいち早く気づいて、両親でも友人でも話しかけて、一度、閉ざした重い扉を開けてやるべきだ。

 受験戦争は心をいびつにすることはあるが、世の中、競争だから、勝ったり、負けたりがある。
 挫折と孤独は紙一重。良い大学に入れという親の期待に応えられなかったときに、社会から疎外されると感じ、孤立することはある。ほかにも生き方はあるが、視野狭さくだから気づかず、深みにはまってしまう。生き甲斐という言葉があるが、本当は、それが見つかればいいのだが。

 こうした事件というのは、前科もなく、非行もなく、おとなしい一見優等生タイプが突然に起こすことだから、保護観察を軸にする現在の少年法では対応ができない。

 だが、基本的に彼らは自殺もできないような「弱い男」だから、今回の場合も、100メートルごとに腕章を巻いたボランティアが立つようにしていたら、絶対にこんな犯罪は起きなかった。

■「行為の重大性を理解していない軽い動機。人と物の境目がなくなった」

 【関西国際大の桐生正幸教授(犯罪心理学)】

 トラックを用意するなど計画性はあるが、動機は場当たり的で、むやみに犯行に及んで捕まったという印象がある。

 例えば、携帯サイトの掲示板への書き込みで、犯行へ向かう経過以外に「大人には評判の良い子だった 大人には」「ほんの数人 こんな俺に長いことつきあってくれた奴らがいる」などと書いてあるが、人間は誰しもこうした二面性、三面性があるものだ。犯行結果からすると、動機が軽いと考えられる。自分のした行為の重大性を本当には理解できていないのではないか。人間が物になったというか、人と物の境目がなくなっているのではないかと考えられる。イライラ、むしゃくしゃといったものは、従来は連続放火や自転車をパンクさせるといったレベルで終わっていたはずだ。

 こうした人を物として扱うような犯罪は最近目立ってきており、渋谷の夫切断事件や江東の女性行方不明事件で逮捕された2人にも共通するが、「遺体を消すのが合理的だから」と、簡単に人をバラバラに刻んでしまう。

 掲示板は自分の犯行を記録したかったともとれるが、あくまで一方通行の書き込み。結局はこうしたメールを送る特定の友人や知人がいなかったのだろう。対人関係のスキルが欠けていた可能性がある。

 生活がうまくいかず厭世的になり、自らを破滅させたかったための犯行と見る向きもあるが、私はそうは考えない。そうした動機なら、犯行後、最後は自殺するはず。逮捕の瞬間を映像で見たが、それほど抵抗していないように思われる。

 対策については3つある。

 長期的視点では、教育を改善する必要がある。金ばかりを大事にする風潮で、命が軽んじられてきた。教育の中でもう一度、生命の大切さを教えないといけない。

 中期的には、社会の経済格差を政治が変えなくてはいけない。

 直近でやるべきは防犯対策だ。以前は学校が狙われたが、そこに入れなくなり、歩行者天国や駅、ショッピングセンターなどに犯行の狙いは移っていく。そうした可能性を予測したうえで、どこに警備員を配置するとか、どこに柵を立てるとか、具体的防止策を警察、行政が整備していく必要がある。

■「厳格家庭が生んだ『まじめ』。プライド崩れ、究極のマイナス思考に陥った」

 【NPO法人(特定非営利活動法人)「ストレスカウンセリングセンター」の前川哲治理事長】

 こうした凶悪犯罪に走る若者は決まって親との関係が悪い。今回も一部報道で父親との関係の悪さが報じられているが、例外ではないはずだ。親から厳格に育てられすぎると、頭も良くなり、まじめで素直な性格にはなるが、その半面、「自分はすごい人間」と異常にプライドが高くなる。こうしたタイプがいったんマイナス思考に陥るとまずい。「自分が辛いのは社会の人間が悪い」という危険な思考になる。

 この犯人も進学校を卒業しており、その後の人生には不満があったはずだ。だがいろいろ努力しても、失敗を重ねてしまった結果、「もっとおれはすごいはず。うまくいかないのは周囲が悪いから」という、歪んだ心理になったはずだ。人間はみんな敵に見えてきて、あらゆる人が自分を苦しめているという心理になり、人間に仕返しするしかないというところまで来てしまう。トラックを使ってナイフで次々と刺すという残虐さは、自分が生きている証を立て、自分のすごさを証明した上で「お前ら全員、反省しろ」という意思を示すものだ。今の社会は格差が広がっており、悪い人が出ると「親が悪い、子供が悪い」などとみんな他人事として片づける。社会がここまで冷たくては、こういう人間はどんどん出てくるだろう。

 また、こうした素直な性格の人間は「心の声」を妄信しがちだ。嫌なことがあったときに「誰々を殺せ」とか、辛いときに「死にたい」と思うのは誰にでもあることだが、それが「本当の自分ではない」と気づく知恵がない。あっさりと支配されてしまうのも特徴だ。

 対策は難しいが、育児体制を見直す必要がある。日本は父親が育児に無関心すぎる。父親というのは子供にとって最も近い「社会の代表者」だ。父親との関係が悪かった子供は、社会に対して嫌悪感を抱き、社会に適応できず引きこもったりする大きな要因となる。社会のシステムを変えるのは簡単ではないが、まずは父親の子育てを見直すことが必要。忙しいなら忙しいなりに育児に向き合えばいい。職場での「父親」の働き方を見直す必要もあるだろう。

 また、金は出すが、精神的なつながりのない家族が増えている。教育現場でも「命は大事」「ものを大事に」などと教えているが、人間に「愛情」を注ぐことの大切さを、もっと教える必要がある。

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特集「秋葉原通り魔事件」

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