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2008年06月22日(日) 15時48分

生い立ち触れられると泣く容疑者 犯行への心の軌跡 分析・秋葉原通り魔事件(下)産経新聞

 東京・秋葉原の無差別殺傷事件で7人を殺害、10人に重軽傷を負わせた加藤智大(ともひろ)容疑者(25)=殺人容疑で再逮捕=。今月5日早朝のトラブルをきっかけに派遣先の自動車工場を勝手に辞め、温めていた“無差別殺人計画”の準備に入った。ナイフ6本に特殊警棒を調達し、大事にしていたパソコンやゲームソフトを売却し犯行資金を捻出。その模様も事細かに携帯サイトの掲示板に綴っていった。「事件後のことは考えていなかった」。犯行当日の8日早朝、新たな掲示板を立ち上げ、“実況中継”しながら秋葉原に向かった。(伊藤真呂武)

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 ナイフは土浦事件を参考 “無差別殺人計画”を決意
 “ツナギ紛失事件”の数日前、加藤容疑者は「レンタカーを借り、工場の搬出入口に4トントラックを止めて業務を妨害しようか」と同僚に打ち明けていた。派遣先の人員削減話で膨らんだ不満の矛先はまず職場に向かったが、この計画はトラックが借りられなかったことから頓挫したという。
 5日早朝に工場を飛び出した加藤容疑者。徒歩で1時間半かけてマンションに戻り、酒を飲み始める。
 《呑む》
 《微妙なつまみしかない》
 《でも呑む》
 酔いが回ってきたのか、徐々に殺人鬼の顔をのぞかせる。
 《スローイングナイフを通販してみる 殺人ドールですよ》
 《ちょっとしたきっかけで犯罪者になったり、犯罪を思いとどまったり やっぱり人って大事だと思う》
 《人と関わりすぎると怨恨で殺すし、孤独だと無差別に殺すし 難しいね》
 《「誰でもよかった」 なんかわかる気がする》
 《不細工》
 《友達ができない》
 《彼女ができない》
 《一人》
 《俺が悪い》
 午後1時ごろから午後7時ごろまで、加藤容疑者の心の闇を表現するかのようなキーワードを五月雨式に書き殴り、眠りにつく。
 目覚めたのは、日付が変わった6日午前0時。この日は、福井市内のミリタリーショップに事件に使ったダガーナイフなどを買いに行く日だった。
 凶器にナイフを選んだのは、今年3月、茨城県土浦市のJR荒川沖駅で、金川真大容疑者(24)が使用し、8人を殺傷したことが頭に残っていたという。
 《整形しよっかな》
 《整形できる金があるならとっくにしてる 100万200万のはした金じゃ全然足りないんだよ》
 相変わらず、容姿へのコンプレックスを書き連ねていると、《目を変えるだけで変わるよ》と“仲間”が救いの手を差し伸べるが、払いのける。
 《もうどうでもいい 疲れた》
 《彼女ができない奴の気持ちは、お前らにはわからない》
 午前2時48分。ついに、“無差別殺人計画”の実行を決めたのか。
 《やりたいこと…殺人 夢…ワイドショー独占》
 2日後に《夢》を自分の手でかなえる。

 ナイフ購入で福井へ ネット“仲間”と最後の会話

 そして、午前6時41分。自宅を出発すると、JR御殿場線裾野駅から東海道線、東海道新幹線を乗り継ぎ、北陸本線の特急で福井駅に。
 この車内で、“仲間”と最後の会話を交わす。
 “仲間”《不細工 何しているの?》
 加藤容疑者《楽しい楽しい独り旅》
 “仲間”《なんで友達できないの?》
 加藤容疑者《不細工だから》
 “仲間”《どーやったら友達できると思う?》
 加藤容疑者《絶対できない》
 “仲間”《例えばでいいからさ 考えてみてよ》
 加藤容疑者《生まれ変わる》
 “仲間”《どんな感じで?》
 加藤容疑者《俺じゃなければどんなのでも大丈夫》
 “仲間”《答えになってないから生まれ変わるは却下ね はい 次》
 加藤容疑者《ない おわり》
 “仲間”《じゃなんで旅してんの?》
 加藤容疑者《買い物 通販だと遅いから福井まででてきた》
 “仲間”《飽きたからやっぱいいや お疲れー》
 加藤容疑者《そうやってみんな俺から離れていく 友達もできないわな》
 そして、午後0時44分、福井市内のミリタリーショップに顔を出す。犯行時と同じベージュのスーツに黒のTシャツ姿。女性店員が加藤容疑者の様子を鮮明に覚えていた。
 「静岡から来ました」
 「出身は青森です。冬は雪が多くて大変です」
 ニヤニヤしながら、ナイフについて質問する姿が印象に残っているという。
 加藤容疑者はダガーナイフ1本▽ペティナイフ3本▽サバイバルナイフ1本▽折りたたみ式ナイフ1本▽伸縮式の特殊警棒1本▽黒の革手袋1つ−を購入し、約3万5000円を支払った。
 《店員さん、いい人だった》
 《タクシーのおっちゃんともお話しした》
 再び、携帯電話をいじりながら帰宅。《ナイフを5本買ってきました》と報告し眠りについた。

 ホコ天の様子を下見 トラックは仙台事件から

 犯行前日の7日。
 この日は秋葉原でパソコンやゲームソフトを売却しつつ、現場の交差点周辺を入念に下見。帰り際にレンタカー店でトラックを予約する。
 《今日は秋葉原 お金をつくりに行く》
 《最低6万円は欲しいな》
 《秋葉原ついた》
 《買取32000は舐めてるだろ》
 《定価より高く売れるソフトもあった さすが秋葉原》
 大事にしてきたパソコンやゲームソフトだけに売値に一喜一憂しながら、売却を済ませると、電器店などで、歩行者天国の様子を聞いて回った。「警察はどうですか」「車はどうですか」。とくに警備の状況や車の進入ルートなどを気にする様子だったという。パソコンなどを売却した中古店も犯行現場のすぐそばにあった。
 帰り際、JR沼津駅前のレンタカー店に立ち寄り、「引っ越しに使う」と言ってトラックを予約する。
 《できれば4トントラックが良かったんだけど》
 《大きい車を借りるにはクレジットカードが要るようです》
 仕方なく2トントラックを求める。
 「できるだけ多くの人を巻き込みたかった。仙台のアーケード街で暴走したトラックを参考にした」と供述している加藤容疑者。平成17年4月、信号無視の暴走トラックが7人を死傷させた仙台市青葉区のアーケード街は、加藤容疑者が仙台で暮らしていたアパートの近くだった。
 《無地借りれた 準備完了だ》
 決意は固まる。
 《中止はしない、したくない》

 “実況中継”スタート 犯行まで23分 ためらった? 時間調整?

 犯行当日の8日は午前5時すぎに起床。新たな掲示板を立ち上げ、午前6時半ごろ、自宅を出ると“実況中継”をスタートさせる。
 リュックサックにナイフ5本と特殊警棒を詰め込み、段ボール箱を抱えてトラックに乗り込んだ。箱の中身はゲーム機やゲームソフト、そしてペティナイフ1本が入っていた。「喜ぶと思った」。加藤容疑者にとって、最後の生身の友達である派遣先の同僚男性に段ボール箱を託した。
 身辺整理を済ませると、沼津ICから東名高速で横浜青葉ICまで、その後は国道246号を経由し、秋葉原を目指す。
 《神奈川入って休憩 いまのとこ順調かな》
 《酷い渋滞 時間までに着くかしら》
 《渋谷ひどい》
 実況も続く。
 午前11時45分。
 《秋葉原ついた》
 《今日は歩行者天国の日だよね?》
 午前0時10分。
 《時間です》
 この後に、午前5時21分の時刻の書き込みを《秋葉原で人を殺します》《車でつっこんで、車が使えなくなったらナイフを使います みんなさようなら》に書き換えた。
 歩行者天国は正午にスタートしたが、《時間です》と書き込んでから実際の犯行時間の午後0時33分までは、20分以上のタイムラグがあった。現場近くの量販店でトイレを借り、現場交差点を往復する。
 「ためらった」
 人間らしさを取り戻したのか、取り調べでこう漏らしたという。が、結局、赤信号で停止した車を追い越し、40キロ超のスピードで交差点に進入、ブレーキを踏まずに歩行者に突っ込んでいった。
 警察官に取り押さえられるまで、わずか2分。
 歩行者5人をはね、トラックを乗り捨てると、交差点方向に約70メートル走り抜けながら、12人を次々に刺した。
 「負傷者を救護していた警察官を刺したところまでは覚えているが、あとは頭が真っ白で覚えていない」
 最後も警棒で応戦する警察官にナイフを振り回し、抵抗を続けた。

 現実でもネットでも孤独に 根強い両親への不満

 「現実でもインターネットでも孤独になり、ネット世界の人間に自分の存在を気付かせてやろうと思った」
 「人生の鬱憤が出て、いやになった」
 20日、殺人容疑で再逮捕された加藤容疑者。これまでの取り調べでも、加藤容疑者の口から出てくるのは、不満ばかりだ。
 「親とはうまくいっていない。音信不通」
 とくに、青森市内に住む両親への不満は根強い。地元で両親は教育熱心で知られていた。中学時代、成績は学年でトップクラスだったが、常にプレッシャーと戦っていた。教室で突然キレ、机を投げたり、窓ガラスを割ったりして同級生を驚かせた。
 《親が書いた作文で賞を取り、親が書いた絵で賞を取り、親に無理やり作文させられたから勉強は完璧》
 《親が周りに自分の息子を自慢したいから、完璧に仕上げたわけだ 俺が書いた作文とかは全部親の検閲が入っていたっけ》
 書き込みに登場する生い立ちへの負い目は深い。両親は4年生大学への進学を望んでいたが、短大を選択したことで完全に決裂した。2年前に地元・青森の運送会社でトラック運転手を始めたときも、実家には帰らず、ひとり暮らしだった。
 両親と決別した代償は大きかった。
 「現実の世界で嫌なことがあっても、誰にも言えない。そのためネットの世界にのめり込むようになった。誰でもいいから構ってほしかった」
 生い立ちに触れると、こう話して涙をこぼすという加藤容疑者。せめて、この涙が両親や社会への恨みではなく、自分の弱さを悔いる涙であったら救われるのだが…。

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