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2008年06月21日(土) 12時19分

「ツナギ動機」は口実? 乏しい説得力 分析・秋葉原通り魔事件(上)産経新聞

 東京・秋葉原の無差別殺傷事件は22日で発生から2週間が経過する。「決意の上での犯行だった」。こう供述する静岡県裾野市の派遣社員、加藤智大(ともひろ)容疑者(25)=殺人容疑で再逮捕=は、犯行の3カ月以上前から携帯電話サイトの掲示板で、“無差別殺人”へと突き進む“負の感情”を赤裸々に綴ってきた。劣等感に孤独感。そして厭世(えんせい)観…。ため込んでいた鬱憤(うっぷん)は、派遣先のリストラ情報をきっかけに暴発した。多い日には一日で100回を超えた掲示板への書き込みと逮捕後の供述から、容疑者の心の葛藤に迫ってみた。(伊藤真呂武)

■犯行当日に事件を“予告” 「誰かが気付いて、止めてくれると思った」と身勝手な供述

 加藤容疑者は6月8日午後0時33分、2トントラックで交差点に進入し歩行者5人をはね、東京情報大2年、川口隆裕さん(19)ら3人を殺害。さらに約70メートル先でトラックを乗り捨て、交差点に戻りながら、殺傷力の高いダガーナイフを振り回し12人を次々に刺し、東京芸大4年、武藤舞さん(21)ら4人を殺害した疑いが持たれている。
 犯行から7時間前の8日午前5時21分。《秋葉原で人を殺します》というタイトルに続き、《車でつっこんで、車が使えなくなったらナイフを使います みんなさようなら》と犯行を予告する書き込みが始まる。
 その後も、8日早朝に自宅を出発し、レンタカーのトラックで秋葉原到着までを刻々と“実況中継”する内容が書き連ねられている。
 タイトルや冒頭の犯行予告は、犯行直前に書き換えられたものであることがその後の捜査で判明。この掲示板は、投稿者自身であれば書き込み時間を変えずに内容だけを変更することが可能だが、加藤容疑者は「犯行までの状況はサイトに書き込んだ通り」と供述。さらに「犯行予告に誰かが気付いて、警察に通報するなどし止めてくれると思った」と身勝手な主張も展開している。

■「携帯、ネット依存症」自認 唯一の居場所・ネットの“仲間”からも無視

 加藤容疑者の書き込みは2月、劣等感の告白で始まる。《負け組は生まれながらにして負け組なのです まずそれに気付きましょう そして受け入れましょう》。この3日後には《このまま死んでしまえば幸せなのに そう思うことが多々あります》と自殺願望を打ち明けている。
 「掲示板の書き込みは、生活の一部。やったことや思ったことを逐一、記録していた」。加藤容疑者自身も「携帯・インターネット依存症」を認めている。
 《ネットから卒業すれば幸せになれる人が居ます 私の唯一の居場所を捨てれば幸せになれるのでしょうか すなわち、死ね、ということなのでしょう》《携帯ばかりいじっていてはダメということらしいですけれど、現実では誰にも相手にされませんもの ネットならかろうじて、奇跡的に話してくれる方がいます》
 ところが、《唯一の居場所》である掲示板に、《他人の不幸は蜜の味 みんな死ねばいいのに》といらだちをぶつけると、《皆を踏みにじったのはお前。友達できるはずがない。しねよ》とネット内の“仲間”に突き放される。
 “仲間”が接触してこなくなると、《これを書けば人気者になれると思ったら、そんなことはないみたいね》《ネットですら無視されるし》《表面だけの薄っぺらなつきあい》と孤独感を募らせていった。

■容姿へのコンプレックス 恋愛もできず孤独感

 繰り返し登場するのが、容姿へのコンプレックスや恋愛ができないことをひがむ記述だ。
 《不細工な私には、キモい、汚いという罵声しか聞こえてきません》
 《無視されている不細工な私は、その存在すら認められていません》
 《不細工には恋愛する権利がそんざいしませんけど》
 劣等感、孤独感…。その中で、唐突に今回の犯行を連想させる書き込みが出てくる。犯行まで2カ月を切った4月20日のことだ。
 《欲望に素直になっていいのでしたら、繁華街の歩行者天国にトラックで突っ込みたいです そんなことしませんけれど》
 加藤容疑者は「秋葉原には何度も行き、人がたくさんいることを知っていた。歩行者天国になることもわかっていた」と供述。いざ、“無差別殺人計画”を実行に移すとき、このとき抱いた欲望を思いだしたに違いない。

■自身から抜けきらない「エリート意識」

 「高校入学までは順調だったが、その後は思うようにいかなかった。自分の人生がいやになった」
 取り調べで加藤容疑者は、自身の境遇に話が及ぶと、苦悶の表情を浮かべるという。
 作家の太宰治や寺山修司らも籍を置いた地元の名門・青森県立青森高校を卒業後、中日本自動車短大(岐阜県)に進学。地元の国立大への編入を希望したが、かなわずにそのまま短大を卒業した。その後は宮城、埼玉、茨城、青森…と自動車工場や運送会社を転々とする。職場での身分の大半は派遣社員か契約社員で、どの職場でも待遇に不満を抱き、しばらくすると無断欠勤で解雇されるなど、長続きしなかった。
 《県内トップの進学校に入って、あとはずっとビリ 高校出てから8年、負けっぱなしの人生》
 それでもエリート意識が抜けきれないのか、《他人に仕事と認められない底辺の労働》《工業も運輸も、底辺か》と派遣社員の立場を卑下している。
 昨年11月からは関東自動車工業東富士工場(静岡県裾野市)で派遣社員として勤務。1日8時間、塗装ラインで、ペアを組む相手と車体の左右に分かれてボディーに傷がないかなどをひたすらチェックし続けることが仕事だった。
 加藤容疑者はこうした単純労働に不満を募らせていたといい、事件の3カ月ほど前には、加藤容疑者が上司に検査ミスを指摘され、ペアを組む年下の同僚に「お前のせいでおれも怒られた」とけんか腰に言い放っていた。

■募る仕事への不満 劣等感、厭世観の深みにはまり

 掲示板に、工場への不満が噴出するのは、5月末になってからだ。派遣社員の残業を廃止し、大幅に人員を削減する計画が伝えられた時期と重なる。
 《お金のかかる趣味を始めたとたんにこの仕打ちですか やはり、世の中すべてが私の敵です》
 《中には、辞められたら困る、と言われる人も居るようです そんな人でも、居なくなっても工場は普通に稼働できてしまいます 本当に必要とされている人はいるのでしょうか》
 同僚が「仕事どうする」と尋ねると、加藤容疑者は「事情があってこっちに来て働いている。両親も離婚して頼れない。自分は住所不定だから…」と動揺を見せ、「いらなくなったら結局はクビを切るんだ」と怒りをあらわにした。
 「次の仕事を探すのも大変だし、精神的にせっぱ詰まっていたのでは」と同僚。実際には、加藤容疑者は、人員削減の対象ではなく、工場側もその事実を本人に伝えていたが、不安定な雇用形態という派遣社員の現実を突きつけられ、劣等感、厭世観の深みにはまっていった。
 《みんな死んでしまえ》
 《なんで不細工ってだけで冷遇されんの?》
 《殺人を合法にすればいいのに》(=以上、6月1日)
 《俺もみんなに馬鹿にされてるから車でひけばいいのか》(6月3日)
 《勝ち組はみんな死んでしまえ》
 《悪いのは俺なんだね》
 《土浦の何人か刺した奴を思い出した》(=以上、6月4日)

■不可解“ツナギ紛失事件” きっかけにしたかった?

 最後は本人の勘違いから、感情を爆発させる。
 「おれのツナギ(作業着)がない!」
 5日午前6時すぎ、加藤容疑者は工場の更衣室で大声をあげ、同僚のツナギを床にばらまいたほか、壁を蹴ったり殴ったりしていた。ツナギ用のロッカーに自分のツナギがないことに立腹しての講堂だったが、床にばらまかれたツナギの中に、本人のツナギがあったという。あまりにも不可解な“ツナギ紛失事件”だ。
 工場を飛び出し、《作業場行ったらツナギが無かった 辞めろってか》と掲示板に書き込んでそのまま帰宅。会社関係者が出社を促したが、掲示板にと不満を書き連ねた。
 《お前らが首切っておいて、人が足りないから来いだと? おかしいだろ》
 《ツナギ発見したってメールきた 隠してたんだろが》
 《やっかい払いができた会社としては万々歳なんだろな》
 「ツナギがなくなり、やけを起こした」
 加藤容疑者は、人生の挫折感や仕事の境遇などに不満を並べ立てているが、犯行の直接の引き金についてこう供述している。
 「こんなこじつけのような理由で、無差別殺人を説明できるとは思えない。暴発するきっかけさえあれば、何でも良かったのだろう」
 警視庁幹部は冷ややかに話している。

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