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2008年06月19日(木) 00時00分

(11)天下茶屋で気分に浸る読売新聞

部屋の入り口に「天下茶屋」の暖簾を掲げる辰野さん

 東京大理事 辰野裕一様

 前略 「東京大学に、筋金入りの太宰信奉者がいる」。そう聞いて、貴職を取材しようとお訪ねしました。聞けば30年来、桜桃忌には有給休暇を取って三鷹の禅林寺にお参りしているそうですね。文部科学省で課長、審議官と要職を務めたころも、6月19日はお休みだったとか。

 理事室に参上すると、ありました。「富士には月見草がよく似合ふ」という、「富嶽百景」の一節入り暖簾(のれん)が。しかも総長室の真正面。恐れ入りました。

 学費未納で除籍されましたが、太宰もかつては東大生。学内に理解者を得て、さぞ喜んでいるでしょう。

 「身も心も太宰に近づくように」と、私にも下さった同じ暖簾は、早速、小社武蔵野支局に掛けました。

 あなたはさらに、「『富嶽百景』の舞台になった天下茶屋へ行かずして太宰を語るなかれ」と仰(おっしゃ)いました。そこで、6月上旬、山梨県の御坂峠へお供したのです。

 河口湖からレンタカーでのドライブ。残念ながら、曇り空で富士は拝めませんでしたが、茶屋2階に再現された太宰逗留(とうりゅう)の間で、太宰中期の傑作が生まれた雰囲気を感じることができました。私が太宰愛用の火鉢のそばに座ると、あなたはカメラを出されました。「太宰気分で火鉢に手をかざさなきゃあ」

 茶屋であなたは、持参の太宰資料を次々ご披露なさり、熱弁を振るわれました。

 「太宰にとっては山梨時代が一番幸せだった」「自分だけに語りかけてくるような文体がたまらない」

 峠を出て、山梨県立文学館、甲府市内で太宰が滞在した湯村温泉、初めて太宰が妻と同居した甲府市朝日の界隈(かいわい)を回りましたね。オールドファンの楽しみぶりが、よくわかりました。

 家族を放っての太宰ツアー。この書簡が奥様(太宰夫人と同じ、美知子さん!)の目に触れたら申し訳ございません。かつて太宰は小説に登場させた編集者に、こう言っています。「おれの近くにいたら一度や二度は餌食になる」と。太宰に免じてご容赦願います。

 今日は桜桃忌。禅林寺でお待ちしております。慣例に従って、桜桃(さくらんぼ)をつまみ、ウイスキーを傾けましょう。

草々

http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/tokyo23/feature/tokyo231212425875707_02/news/20080619-OYT8T00151.htm