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2008年06月16日(月) 12時32分

映画『休暇』が静かに語る人生への意志オーマイニュース

 今年の6月は、映画館が、例年になくにぎやかである。しかし、宣伝力にものを言わせたようなお祭り騒ぎに飛び込むばかりでなく、少ない上映館ながら6月第1週からの公開作である門井肇監督の『休暇』に、ぜひ注目してほしい。

 映画『休暇』は、先年決意して逝去された吉村昭の同名小説を原作とした、刑務所の死刑執行担当が主人公の物語である。

 一般には聞き慣れない「支え役」。原作は、刑の執行で落ちてくる死刑囚を台の下で支えるべく待ち受けるその任務と、それを担当した刑務官に特別に与えられる1週間の休暇という設定を通して、人の命の重さと尊さを内省的に描いた短編である。

 囚人の刑死に至る経過の描写なども詳細で、そのまま映画にすれば、ただ苦しいだけの作品になりかねないところを、佐向大の脚本は、独自に、しかし、決して作者の意図したものを踏み外すことなく巧みに膨らませている。

 まずもってその内容が見事。そして、その脚本を、前作『棚の隅』で地味ながら評判をとった門井肇が、監督として理知的に映像化した。

 映画は、原作に沿って刑の執行への経過を回想の時制で描きながら、特別に与えられた休暇を過ごす主人公の現在時制で進行する。

 長らく独身だった主人公の刑務官は、姉の勧めで、学齢くらいかと思われる男子を連れた女性と挙式をすませて、ささやかな新婚旅行中である。

 刑務官は、事情があってすでに年休は使い切り、たまたま巡り会わせた刑の執行に伴い発生した特別休暇を自ら願い出て獲得し、この旅行に充てているのだった。先輩格の同僚には、それについて「人の命を、なんだと思っているんだ」と非難された。

 映画は、その時の主人公の思いをつまびらかには語らないが、特別休暇の取得が能動的な行動であったことは明確に描かれる。

 ここでの寡黙な小林薫の演技と、それを受ける形で遠慮がちに、しかし深い決意を秘めた大塚寧々の立ち居振る舞いがともに安定感にあふれ、説得力に満ちている。ふたりの、それぞれの人生への強い意志が静かに語られ、題材の痛切さに目を背けさせられることなく、深い共感を持って受け止めさせられる。

 特筆すべきは、原作ではそれほどの説明を加えられていない西島秀俊ふんするところの死刑囚の人物造形。

 静謐(せいひつ)感を漂わせ日課をこなしつつも、根深いところでは受刑の通告に恐れおののき、ついには沸点を超えざるを得なくなってしまうたとえようのない孤立感と重圧感を鋭利な演技で表現し、観る者の胸を締め付ける。

 その死刑囚と対極に置かれ、物語の最も重要な役割を担う新妻の連れ子と主人公との結末部での、原作にない映画独自の公私の相似形をなす局面の重さには、人生の実相が凝縮され、大きく心を揺さぶられずにはいられない。

 音楽も過度に前に出ることなく効果的で、さえざえとした映像も主題に見合って破たんがない。若い才能がスタッフとして結集しての上質な必見の佳品である。惜しまず喝さいを送りたいのである。

(記者:石川 雅之)

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