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2008年06月15日(日) 22時32分

【法廷から】1200万円で「禁固4年」を買えるか産経新聞

 兵庫県宝塚市のカラオケ店「ビート」で昨年1月、3人が死亡、5人が重軽傷を負った火災をめぐり、業務上過失致死傷罪に問われた元「ビート」経営者兼店長の上江洲安一被告(54)。12日、大阪高裁(若原正樹裁判長)で開かれた控訴審公判を傍聴した。
 上江洲被告は昨年12月、1審・神戸地裁で求刑通り禁固4年の実刑判決を受けている。
 この日は次回の控訴審公判で判決を迎えようとしている中、被告・弁護側が情状酌量を求めて1200万円の被害弁償金を差し出そうとした。
 これに対し、検察側が証人申請した犠牲者3人の遺族がいずれも「刑を軽くするためのお金はもらえない」と受け取りを激しく拒否した。
 判決直前、控訴棄却を恐れる被告・弁護側が切った“最後のカード”。
 いまなお心に深い傷を残す遺族を巻き込んで、量刑をめぐるギリギリの「攻防」が繰り広げられた。
   × × ×
 上江洲被告の控訴審公判は、前回の5月29日に判決宣告が予定されていた。
 控訴審は4月22日の初公判でスピード結審しており、前回の公判で弁護側が被害弁償の意思を示したいと突然、弁論再開を申し立てたため判決が先延ばしになったのだ。
 そして12日、第3回公判を迎えた。
 弁護側が、遺族の被害弁償用に準備したカラオケ店の火災保険金1200万円が入金された銀行通帳の写しを証拠請求。
 それに対抗するように、検察側はすぐさま遺族3人の証人尋問を行った。
 まず始めに証言台に立ったのは、高校1年、大本泰史さん=当時(16)=を亡くした父、義忠さん(53)。証言台の後ろで刑務官に両脇を挟まれ長椅子に座る上江洲被告を一瞥(いちべつ)もしない。
 検察官の尋問が始まった。
 検察官「上江洲被告の禁固4年の判決についてどう思うか」
 大本さん「軽すぎる。非常口も避難器具も防火設備もない違法だらけのカラオケ店で、3人が死亡、5人がけがしたにもかかわらず罪名が『過失』では納得できない」
 検察官「カラオケ店に火災保険金が下りていたということだが、被害弁償金として支払いたいという申し出に対してどう思うか」
 大本さん「今のところもらうつもりはない」
 検察官「なぜ」
 大本さん「受け取れば刑が軽くなるから。これまでの公判で何回も公表できるチャンスはあったはず。判決目前に公表したのは、被害者のためではなく本人のため。判決の先延ばしと刑を軽くするためだとしか受け取れない」
 続いて無職、田中真さん=同(18)=を亡くした父、博さん(50)が証言した。
 検察官「禁固4年の判決についてどう思うか」
 田中さん「軽い。以前にも店内でボヤ騒ぎがあった後、消火設備をきちんと整えていれば避けられた火事。その点に特に怒りや不満がある。(業務上過失致死傷罪の量刑で)最高の5年にしてほしい」
 検察官「1200万円の被害弁償については」
 田中さん「受け取るつもりはない」
 検察官「昨年4月5日に火災保険金が下りていたということだが」
 田中さん「えっという感じ。金額の多い少ないは別にして、遺族らにすぐに話があってもいいと思う。その点、不信感がある」
 検察官「なぜ金を受け取らないのか」
 田中さん「量刑が軽くなってしまうのが嫌だから」
 最後に会社員、平嶋優樹さん=同(17)=の父、秀次さん(37)。
 検察官「1審判決についてどう思う」
 平嶋さん「たった4年というのは短い。カラオケ店なら部屋に電話もついており、火災発生を知らせることができたはず。息子たちは見殺しにされた」
 検察官「被害弁償については」
 平嶋さん「なぜ今なんだ、という思い。1審の時に出るべきだった。今このタイミングで出すのは量刑を短くしたいという以外に考えられない」
 検察官「金を受け取る意思はないということか」
 平嶋さん「ない。4年をこれ以上短くしたくない」
 検察側が証人尋問の中で明らかにした火災保険金の下りた日は昨年4月5日。
 上江洲被告はその11日後の4月16日に1審・神戸地裁で初公判を迎え、12月12日に判決を言い渡された。
 被告・弁護側は1審初公判前に保険金が下りていることを把握しながら、公判を通じて遺族らに隠し続けていたことになる。
 これでは遺族らが不信感を募らせるのも当然だ。
 しかも、被告・弁護側が被害弁償の意思を控訴審の裁判長に伝えたのは、判決期日(今年5月29日)の前日だったという。量刑を減らそうとする意図があまりにも露骨だといえる。
   × × ×
 火災が発生した昨年1月20日夕。一報を受けて現場に駆けつけた。
 刻々と時間がたつにつれ、1人また1人と死亡連絡が入ってきたことを鮮明に覚えている。
 死亡した3人がいた2階の窓はすべてベニヤ板で外側からふさがれ、中から開けることは不可能だった。
 1階調理場から1つしかない階段を通じて上がってくる煙に、3人はなすすべもなく一酸化炭素中毒で亡くなった。
 店内には、消防法などで設置が義務づけられている避難器具や防火設備はなく、1階に1つだけ置いていた消火器もガスが抜けて噴射できない状態だった。
 あまりにずさんだった防火態勢。
 上江洲被告は当時、店にいなかったとはいえ、経営者兼店長としての責任を問われるのは当然だ。
 遺族が共通して「刑が軽すぎる」と話す気持ちは痛いほどよくわかる。
 殺人のような故意犯ではなく過失犯だとはいえ、遺族にしてみれば肉親が無惨に人生を断ち切られた点はまったく同じなのだ。
 過失犯の量刑について、ある現役裁判官は「一般感覚では軽いと受け取られるだろう。私自身、そのズレを感じる。法律と判例に従って過失犯の判決を宣告するとき、いつも『遺族は軽いと思っているんだろうな』と心苦しさを覚える」と明かす。
 この裁判は来年5月から始まる裁判員制度の対象外だが、一般人の社会常識を司法判断に反映させる流れの中で、業務上過失致死傷罪の最高刑が5年という量刑は果たして妥当なのだろうか…。
 判決直前の被害弁償申し立てを裁判長が「不誠実」と受け取るのか、あくまで「誠意」とみるのか。量刑に影響するのか。
 7月3日に言い渡される判決に注目したい。(梶原紀尚)

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