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2008年06月12日(木) 00時00分

ウコギ料理(山形県米沢市)読売新聞

 米沢藩の城下町では、春になると家々の垣根に鮮やかな緑が芽吹いた。このウコギの芽を摘み取って調理するのが春の習わしになっていたという。垣根の葉を食べるの? という疑問を抱きつつ、山形新幹線で米沢へ向かった。

春の訪れを告げるほろ苦さ
栄養たっぷりの垣根の葉

(左から)「ウコギの町米沢かきねの会」会長の金子栄輔・典子さん夫婦、黒田正彦・洋子さん夫婦、その妹の渡辺幸子さん。卓上にはさまざまなウコギ料理が並ぶ

 鋭いトゲをもつウコギの木は、昔は米沢のどの家の垣根にも見られた。だが、生育が旺盛でマメな刈り込みが必要なため、昭和30〜40年代からブロック塀が主流になっていった。近年、有志がウコギと郷土との結びつきを取り戻そうとしている。運動を推進する「ウコギの町米沢かきねの会」のメンバーのひとり、ウコギ農家を営む黒田正彦さん(62)宅を訪ねた。

 「ウコギ栽培を始めたのは30年前。それ以前はどこにでもあったもんだから、誰も手を出さなかったんです」

 畑ではウコギの木に若葉が萌え出ている。これをプチプチと手で摘み取り、料理してもらった。

 ウコギ料理はとてもシンプルだ。まず、ウコギを10秒ほど塩ゆでする。その際、食感を残すため、ゆで過ぎない。絞って水気を切ったら、おひたしのできあがり。カツオ節をのせ、しょうゆをかける。

 「ゆでたモヤシをまぜると、きどさが和らぎます」と妻の洋子さん(57)。「きどい」は「ほろ苦い」という意味に近い米沢の言葉だ。


市内芳泉町には茅葺きの民家とウコギ垣の景観が残っている。米沢藩時代は、半農半士の「原方衆」が暮らしていた

 ゆでウコギをみじん切りにし、塩を振りかけたご飯とまぜるとウコギ飯。白米に澄んだ緑が浮かび、食欲をそそる。「炊きたてだと、ウコギの色が悪くなるので、冷ましたご飯とまぜてくださいね」と洋子さんがアドバイス。炊飯器にしょうゆ、酒を入れて炊き上げると、異なる風味が楽しめる。

 切りあえも定番。みそを火であぶって、ゆでてみじん切りにしたウコギにのせる。包丁でさらに細かく切りながら双方をあえ、最後に白ゴマをまぶす。

 おひたし、ウコギ飯、切りあえが、4月の新芽や5月の若葉を用いるのに対して、天ぷらは5月下旬〜9月の新梢(しんしょう)と呼ばれる細い茎がついた葉を使う。ゆでずに衣をつけて揚げると、甘みが増す。

 昔ながらの食べ方のほか、最近は創作料理も多く、たとえば、鳥肉、糸コンニャク、シイタケ、ニンジンにだししょうゆと酒をからめて炒め、ウコギをまぜたそぼろや、葉と粉末を使う2色寒天がある。

 こうしたアイディア料理は、平成4年から断続的に行われた「かきねの会」主催のウコギフェスティバルの影響が大きい。市民参加の料理コンテストで、ウコギの団子やタルトといった新メニューが生まれた。同じころから、ウコギのコンニャク、パスタ、茶、焼酎など企業による商品開発も進んだ。


ウコギ飯とウコギの切りあえ。両方とも短時間で手軽に作れる昔ながらのウコギ料理だ

 「若い人に故郷の味を知ってほしくて、ハイカラなものも作った」と「かきねの会」会長の金子栄輔さん(73)は言う。米沢の冬は長い。ビニールハウスのない時代は、青ものの流通時期が限られ、山菜、野菜を塩漬けや干しものにしてビタミンを補った。芽吹きの時期を待ちわびた人々が、春、最初に口にする新鮮な青ものがウコギだった。

 米沢生物愛好会の石栗正人会長(83)によると、食用は在来種のヤマウコギやエゾウコギではなく、中国東北部から薬木として入ってきたヒメウコギ。米沢藩の財政難を救った9代藩主上杉鷹山(ようざん)の時代の『飯粮集(はんろうしゅう)』には、葉は食用、根は薬用になるという記述がある。

 「まず、寒冷な気候が成育に適していた。倹約を勧めた鷹山公が、食用にもなるウコギ垣を奨励した形跡があり、そうした歴史的な経緯もあるでしょう。お母さんたちには、ウコギ取りはコミュニケーションの場でした」と石栗さんはウコギと米沢の関係を解説する。

 栄養価も高く、ホウレン草の5倍のカルシウム、3倍のビタミンCに加え、抗酸化性を有するポリフェノールも多量に含んでいる。飽食の時代、低カロリーの質素な食生活が見直されており、ウコギへの注目も同じ潮流にある。


 卓上にウコギ料理が並んだ。ウコギ飯にそぼろをのせて口にすると、ほろ苦さを感じつつも、後味はさわやか。タラノメ、ウドがウコギ科に含まれていることからもわかるように、風味は山菜に近い。「きどいでしょ?」という正彦さんの言葉に、「きどいですね。実にきどい」と私。嫌みがなくクセになる味だ。

 市内では、減ったとはいえウコギ垣を方々で見かける。総延長20キロはもちろん日本一長い。この苦味を愛する人がいる限り、米沢の町は毎春、新緑の帯に縁取られる。(文/福崎圭介 写真/佐藤新一)

旅行読売7月号より

http://www.yomiuri.co.jp/tabi/gourmet/fudoki/20080612tb02.htm