記事登録
2008年06月11日(水) 17時03分

東京・秋葉原殺傷:徳島の産科医師が救命活動 16日、献花に行きたい /徳島毎日新聞

 ◇もっと助けられたのでは……/負傷者が呼び掛けに笑顔/誰かの名呼び続けた女性
 東京・秋葉原で8日、7人が殺害された通り魔事件。徳島市佐古一番町、産婦人科医、西條良香さん(39)は偶然現場に居合わせ、惨状の中、負傷者の応急処置を続けた。「あの場でやれる限りのことはやった。ただし100%できたかどうか……」と話す。次の日曜日(16日)、改めて秋葉原を訪れ、献花をする予定という。【深尾昭寛】
 事件当日、西條さんは友人と共に、楽器を買おうと立ち寄った。秋葉原をあとにしようとバイクの後ろに乗った。しばらくすると、後ろを振り返りながら逃走してくる大勢の人が視界に飛び込んできた。「何かのイベントか」。通りに入った瞬間、エンジンが焼けるような、血のような異臭を感じた。倒れている人が見える。救急車を呼ぶ声や負傷者を励ます声。騒然としている。「ドクター居ませんか?」。叫ぶ声に体が反応した。
 胸の上にタイヤ痕がある人。血の海に沈む人。背部を刺されてうつぶせになりながら、どこかに連絡しようと携帯電話を手にする人……。これまで「緊急時に専門科医が来るまでの、つなぎができる医者になろう」と応急処置などを学んできた。研修医時代などには救急医療の経験もある。医療器具がない状態で販促用のタオルなどを使いながら、指示や処置をしていった。
 負傷者が多く、一人一人に多くの時間が割けない。腹部を負傷したとみられる女性には「ごめんな。あなたをもっと診たいけど、もっと重傷な方もいる。必ず戻ってくるから待っていてくれるか」と呼びかけた。「はい、大丈夫です」。笑顔でうなずいてくれた。
 死亡した大学生の武藤舞さん(21)とみられる女性も処置した。誰かの名前を呼び続けていた。女性の知人に「ずっとこの子の名前呼んでおけ! 大丈夫やから信じろ!」。励ましながら救急車で処置し、送り出した。「帰ってニュースで見たら(言ったことと)逆になってたんですけどね」。沈痛な面持ちで打ち明ける。
 周囲の店員や通行人らが、負傷者の処置を手伝ってくれた。一方で、救助を手伝わないのに負傷者をのぞき込んだりカメラ付き携帯電話などで撮影をする輩(やから)も。「殴ったろかと思いましたよ。最悪です」と憤る。もちろん加藤智大容疑者(25)にも怒りを抑えきれない。「世の中が嫌になったからって人を巻き込むなと言いたい」
 8人ほど処置したところで搬送が終わり、現場を離れた。徳島に帰るため羽田空港へ。「夢じゃないのか」という思いが消えなかった。搭乗手続きで待つ中、自分の靴が光っているのに気付いた。血だった。靴底は真っ赤で、ズボンにも血痕が。そのとき空港内で事件のニュースが流れた。「あぁ現実なんだ」と思い知らされた。
 当日夜はなぜか体中が痛く、眠れなかった。さまざまな薬を服用し、無理やり寝た。次の日、緊急で帝王切開の手術に入り、子どもの誕生に立ち会った。「24時間前には……」。そう思った時、ギャップに愕然(がくぜん)とした。
 週末、再び東京を訪れる。秋葉原には日曜日に行く予定だ。「現場に花でも持って行かないと。気分的に申し訳ないというものがある」と話す。「亡くなった方の顔が浮かぶ。やったことが正しかったのか、ずっと悩み続けるんでしょうね」

6月11日朝刊

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080611-00000277-mailo-l36