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2008年06月10日(火) 00時00分

予告された無差別殺人読売新聞

携帯サイト 監視困難

 東京・秋葉原で17人を殺傷した無差別殺人事件で、加藤智大容疑者(25)が犯行予告を書き込んでいたのは携帯電話サイトの掲示板だった。若い世代の間ではパソコンよりも普及し始めている携帯サイトだが、監視の目が行き届きにくい。膨大なネット空間をチェックし、事件を未然に防ぐ手立てはあるのか。(社会部 吉原淳、中沢直紀、田中健一郎)

通報 犯行から5時間半後 ■「秋葉原で…」

加藤容疑者が乗っていたトラック(8日午後2時50分過ぎ、東京・秋葉原で)=田村充撮影

 「秋葉原で人を殺します」。過去最悪の通り魔事件を予告する書き込み情報が、「インターネット・ホットラインセンター」(東京都港区)に寄せられたのは犯行から約5時間半がたった8日午後6時ごろ。同センターは警察庁の委託を受けて、ネット上の犯行予告や自殺予告など緊急を要する情報があった場合、全国の都道府県警察に通報する仕組みになっている。

 「もし事件前にあの書き込みをキャッチできていたとしたら……。何らかの手は打てたかもしれない」と警察庁幹部は唇をかんだ。

 実は12日前の5月27日にも、パソコンで見られる掲示板「2ちゃんねる」の秋葉原をテーマにした項目に、こんな書き込みがあった。

 「6/5以降絶対事件起こるだろうから先に(掲示板の項目)立てとくね」

 この時は外部からの通報で警視庁はこの情報を6月4日に把握。現場付近を担当する警察官に注意するよう伝えていた。これが加藤容疑者による書き込みだったのかどうかは不明だが、少なくとも事前に情報はキャッチされていた。

 過去にも、パソコン専用のサイトで流れていた犯行予告の場合、発信者を特定し、犯罪を未然に防いだことはあったが、携帯サイトではあまり前例がない。

■ケータイ王国

 日本は世界でも珍しい携帯サイト王国だ。通話機能に加え、ネット接続ができるようになったのは1990年代後半。持ち運びができるため、移動時間や待ち時間を利用して手軽に接続が可能で、「ながら操作」ができるのが人気となった。

 総務省によると、インターネット利用者のうち、携帯電話やPHSなどでネットを見る人は7287万人(重複回答あり)に上り、パソコンの7813万人(同)に迫る。特に若年層では、パソコンは持たずに携帯だけ持つ人も増えている。

 当初はニュースや天気予報など携帯電話会社が公認したものに限られていた携帯サイトだが、数年前から、「勝手サイト」と呼ばれる個人の開設したサイトが乱立するようになった。

■チェックに限界

 こうしたサイトの多くは、アドレスを仲間だけに知らせる傾向にあり、さらに検索機能の精度もパソコンの一般サイトより劣っていることが多い。そのため、交友関係のない人が見つけにくい側面がある。

 パソコンから閲覧ができないサイトも少なくなく、ネット監視会社「ピットクルー」(東京都千代田区)の桃沢隼人さんは「パソコンより監視の目が行き届きにくいのが実情で、仮に犯行予告があっても気付かないことがある」という。

通報の仕組み必要

 神戸大学の森井昌克教授(情報通信工学)の話「今まで犯行予告は、巨大サイトの2ちゃんねるなどに集中していたため目立っていたが、携帯サイトでも同じぐらい行われていたはずで、注目されていなかっただけ。携帯サイトの場合、現状では発見するのが難しいが、今後は、一定の通報ルールが確立されつつあるパソコンのサイトのように、通報の仕組みを作っていかなければならないだろう」

 加藤容疑者が8日、携帯サイトの掲示板に書き込んだ主な文章は次の通り。 タイトル「秋葉原で人を殺します 車でつっこんで、車が使えなくなったらナイフを使います みんなさようなら」 5時21分「ねむい」 5時34分「頭痛が治らなかった」 5時44分「途中で捕まるのが一番しょぼいパターン」 6時03分「大人には評判の良い子だった 大人には」 6時03分「友達は、できないよね」 6時05分「全員一斉送信でメールをくれる そのメンバーの中にまだ入っていることが、少し嬉(うれ)しかった」 6時10分「使う予定の道路が封鎖中とか やっぱり、全(すべ)てが俺(おれ)の邪魔をする」 6時31分「時間だ 出かけよう」 7時30分「これは酷(ひど)い雨 全部完璧(かんぺき)に準備したのに」 7時47分「まあいいや 規模が小さくても、雨天決行」 9時48分「神奈川入って休憩 いまのとこ順調かな」 10時53分「酷い渋滞 時間までに着くかしら」 11時07分「渋谷ひどい」 11時45分「秋葉原ついた」 11時45分「今日は歩行者天国の日だよね?」 12時10分「時間です」
勝手サイト  携帯電話会社が用意したメニューから入れる「公式サイト」以外のサイト。閲覧するためには、直接アドレスを打ち込んだり、ウェブ検索をして接続する必要がある。動画や音楽のダウンロードサイト、出会い系サイト、学校裏サイトなどがある。 「予告発見なら110番を」警察庁要請

 今回の事件を受けて警察庁は9日、ネット上の犯行予告に対する対策に乗り出した。プロバイダー(接続業者)の業界団体に対しては、犯行予告を見つけた場合、速やかに110番通報するよう文書で要請。一部民間への委託が決まっているサイバーパトロールの重点監視対象に、闇サイトや出会い系サイトだけでなく、犯行予告も加える方向で調整する。

 また、「インターネット・ホットラインセンター」の体制見直しの検討も始めた。同センターには昨年、283件の「殺害予告」や「爆破予告」が寄せられ、具体的な犯行場所などが書かれたものについては警察に通報。しかし、センターは、プロバイダーなどに削除要請するのが本来の業務なため、これまでは土日や夜間に職員は不在だった。同庁の担当者は「センターを24時間体制にすることも一つの案」と話す。

 ある警察幹部は「膨大なネット空間をすべて監視するのは不可能。結果的にいたずらに振り回されることもあるかもしれない。しかし、これだけの事件が起きたのだから、できることは何でもやるしかない」と話した。(社会部 中村勇一郎)

事前に犯行予告があった主な事件 犯行日時事件と書き込みの内容 2000年5月3日佐賀市の無職少年(17)が福岡県内の高速道を走行中のバスを乗っ取り、乗客ら3人を牛刀で刺して1人を殺害した。少年はインターネットのサイトに「幸せに生きているやつらが憎い。こいつらをみんなぶっ殺してやる」と書き込む。犯行直前にも「ネオむぎ茶」と名乗り、「ヒヒヒヒヒ」と書き込み 2000年6月10日「YOSAKOIソーラン祭り」の会場となっていた札幌市の公園内の臨時ごみ置き場で、ごみが爆発し、男女10人が重軽傷を負った。ネットの掲示板と、同祭り組織委員会の公式サイトに「よさこいを中止に追い込むには、メーン会場に爆破予告をかけるしかない」「踊りの集団に火炎瓶同時攻撃」などの書き込みがあった(未解決) 2001年12月24日東京・JR新宿駅東口駅前広場で、千葉市の無職少年(16)が通行人の男性に包丁などを突き付けて人質にし、銃刀法違反などの容疑で現行犯逮捕された。少年は「新宿で何かが起きる」などとネットの掲示板に書き込んでいた 2005年6月30日高知県の明徳義塾高校の教室内で、同校3年の少年(17)がナイフで同級生の男子生徒(17)を刺し、1か月の重傷を負わせた。少年は自分のホームページで、「明日こそは殺そう」などと書き込んでいた ※年齢、肩書はいずれも犯行当時

http://www.yomiuri.co.jp/feature/20080608-2810266/fe_080610_02.htm