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2008年06月09日(月) 15時46分

年収700万が180万になっても、夢を追う家族オーマイニュース

 私は、先日夕食前にローカルテレビ局の、ワイド番組を見ていました。その時、突然耳に飛び込んできた言葉が次の一言だったのです。

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 「こちらの渡部達也さんは以前、県庁に勤めていらして現在は、静岡県富士市において子ども達に遊び場を与えてあげることを主とした、『ゆめ・まち・ねっと』(ネット検索可能)と言うNPO法人を立ち上げられた方です」

 渡部さんは、現在、奥様とお嬢様2人と4人家族でお暮らしです。県庁職員時代は年収が700万円ほどでしたが、現在は、180万円と激減。それでも、夫婦2人3脚ならぬ家族4人5脚で、子どもたちに遊び場を与えるという夢を追っているのです。

 私はこの事を聞き、大きな驚き、大きな共感を感じました。私が今暮らしているところから車で行っても10分ほどのところに渡部さんのご自宅と活動場所があることを知り、早速、連絡を取り見学を兼ねて取材に行きました。

 渡部さんのお宅へ着くと、まず一番初めに目に付いたのが、玄関先に「たごっこはうす」と書かれた看板でした。私は、その意味不明の名前の由来を伺ってみたところ、渡部さんは、次のように語ってくれました。

 「江戸で生まれ育った子ども達のことを『江戸っ子』って呼んでいたでしょ。この辺は田子の浦って言う地域だから、もじって『たごっこはうす』と言う名を付けたんですよ」

 私はこのような活動を送るには、地域住民の方々の協力、支援は欠かせないものだと思います。誰にでも親しまれ、愛されるナイスな命名をされたんだなと思いました。

 「たごっこはうす」の2階は渡部さんご家族のお住まいで、1階が地域の子ども達の居場所づくりに使われています。屋外は、吹き抜けになっており、平日は放課後になると昔懐かしい「駄菓子屋」になるのです。そして、その駄菓子屋の店名は、「だがし家くい亭」。これまた子ども達に親しまれるユニークな名になっているのです。

 そこには私にも記憶のある「よっちゃんイカ」もありました。これは単にイカを酢に漬けた物ですが、私も食べてみたところ、味は昔と変っておらず、その味で昔ワンパクだった頃の自分のことが頭の中に浮かんできたのです。

 駄菓子の他にも、缶入りの清涼飲料水が1本50円、カキ氷もカップ一杯が50円で提供されています。子ども達は家庭用のカキ氷機を使い自由気ままに氷をかき、シロップも自分で山のようにかけています。その様子を横で見ていた私は、「これじゃ、赤字になっちまうよな」などと、どこにでもに居る普通のオヤジの目でしか見れませんでしたが、これこそが真の子どもの姿だと知らされ、今の自分が恥ずかしくなってしまったのです。


 屋外では子ども達が鋸や金槌を手に取り、廃材、廃物で思い思いの物を作っています。ある時は焚き火をし、焼き芋、焼き餅、ベッコウ飴、ラーメンなどを自分で作り、口いっぱいにほお張るのです。

 渡部さんの奥様の名前は美樹さんで、ご夫婦の間ではお互いに「たっちゃん、みっきー」と呼び合っているのですが、驚かされたのは、「だがし家くい亭」に来る子ども達もご夫婦のことを「たっちゃん、みっきー」と呼んでいることです。

 たっちゃんもみっきーも子ども達のことは姓で呼ばず、名やニックネームで呼びます。私はこのことでもお二人の子ども達に対する温かい想い、そして、子ども達のお二人に対する強い、信頼感と親しみの存在を感じさせてもらったのです。

 「たごっこはうす」の1階の屋内には卓球台が1台、そして、小さな小さな図書館があったのです。それらの利用は勿論無料です。その他にも、昔懐かしいべーゴマ、ビー玉、オセロ、トランプなどがあり、遊び道具には事欠きません。そして、その部屋の中からは、子ども達の張り切れんばかりの歓声が外まで響いてきました。

 ここには、他の学区からも子ども達が集まっています。実は私が住んでいるこの町は、学校の規則で他の学区に遊びに行ってはいけないということになっているのです。しかし、たっちゃんもみっきーもそんな事はお構い無しで、他の学区の子ども達をも快く受け入れているのです。

 たっちゃんが私にこう言っていました、

 「青柳さん、校則に拘わらず他の学区の子ども達も来るというのは、こうした居場所の必要性に共感する親御さんの輪が徐々に広がってきた証じゃないかと思うんですよ」と。

 私は思いました。別に犯罪を犯しているわけではないし、私も含め今の大人と呼ばれている人たちは子どもの頃、遊ぶ場所を大人から制限されていたでしょうか、決してそんな事はありませんでした。私などは幼い頃に、自転車、バス、電車などを使い隣町まで遊びに行くのは普通のことでした。

 たっちゃん、みっきーの活動は「たごっこはうす」のみにとどまらず、近くの公園を利用し、毎月第2、第4の金、月曜日の放課後、土、日曜日の午前10時から、「冒険遊び場たごっこパーク」と言う活動も行っているのです。

 そこでの活動では子ども達は、自由気ままにやりたい事をやりたい時から、飽きるまで続けるのです。なぜならばここには、スケジュールもなくプログラムもなく、開始時間、終了時間、禁止された遊びもないのです。そして、その様子を見守るのは、たっちゃんとみっきーは勿論、子ども達の親御さん、プレーリーダーと呼ばれるボランティアさん、近所のお年寄りです。

 そして、ここでの人の集まりにより、子ども同士の交わりは勿論、子どもとお年寄りだったり、親御さん同士だったり、近年、希薄になったと言われる人と人との交わりが自然の中でよみがえって来るのです。

 たっちゃんが県庁に勤めた当初の想いは、人と人とが交わる場と機会を提供するまちづくりをしたいということだったそうです。しかし、県庁という縦割り社会の中で、法律や条例、規則などのしがらみがあり、「行政ではできないこと、市民だからこそできることに取り組もう」と、一念発起して県庁を退庁し今の活動を始めたのです。

 「冒険遊び場たごっこパーク」に来る子ども達は、保護者と共に訪れる幼児から中学生くらいで、年齢層も幅広く一度に来る子どもはおよそ20人から30人程です。そこでの子ども達の、遊びの内容の主なことを少し紹介しますと、木登り、川遊び、廃材工作、焚き火……。雨上がり後は泥んこ玉をぶつけ合い、ドラム缶風呂を沸かしスッポンポンになって飛び込んでいるのです。

この、「たごっこはうす」、「冒険遊び場たごっこパーク」においては、周囲の大人はあえて余計な手や口は出さず積極的にかかわらず、ただ、「存在的な役割」をしているだけなのです。そこには子どもに対する信頼が流れています。ここの主役は子ども達なのですから。

 渡部さんご家族が、今の活動を始めた想いは何だったんですか、と伺うと、「かつて自分達が幼い頃に遊んだ遊びや、遊び場を今の子供たちに返してあげたかったからです。そして、私は子ども達に清く、正しく、美しくという健全育成は求めず、それどころか、危ない、汚い、うるさいと言われる子ども達を受け留めていきたいのです」と言われました。

 そして、また、たっちゃんは「時には壁にぶつかることもあるんですよ、でも、私はこれからの子ども達にこのような活動を通して、自主性、創造性、協調性を身に着けてもらいたいんです。そして、青柳さん、これは現在の大人社会への問題提起でもあると思うんです。そして、今、児童の凶悪な犯罪が多いでしょ、それは今の社会が悪いと思うんですよ、その社会を作っているのは大人でしょ、だから、私は子どもが犯罪を犯すのは、大人のせいだと思っているんです」

 この「たごっこはうす」、「冒険遊び場たごっこパーク」には全国各地から子育て支援関係者の視察が絶えず、静岡県内のテレビ、ラジオ、新聞などのメディアも数多く取上げていて、たっちゃん自身も静岡大学教育学部や各地の子育て支援関係の団体から講演依頼があり、多忙な日々を送っています。

 私は思いました。これだけ世の中の人がこの活動に関心を持つということは、それだけ今の大人、特に教育に携わっている人たちは、今の子供たちの育成に何らかの疑問、不安があり何かを模索しているのではないでしょうか。

 最後にたっちゃんが、私に語ってくれました。

「青柳さん、この活動はね、うちの2人の娘達の協力無くしては、続けていけないんですよ。学校から帰ってくると、我が家から焚き火の煙が流れていて、地域の子どもたちがわいわい集まっているわけですよね。そんな子どもたちのことを温かい目で見てくれて、時には遊び相手にもなってくれたり。ある時は公園での活動日が土砂降りの雨に見舞われて、夫婦2人ともずぶ濡れになって帰ってきたら、2人の娘がお風呂輪を沸かして、夕飯の用意までしてくれていて。だから、僕もみっきーも2人の娘には感謝、感謝なんです」

 私はこのお話をたっちゃんから聞き、胸が熱くなるのをしっかりと感じ取ることが出来ました。

 今のこの時代、地域の人間関係が希薄化し、子育てが孤立化する中で子が親を殺し、親が子を殺してしまう」そんな時代です。

 この2人のお嬢さんは、中学生と高校生で思春期の真っ只中です、この年頃であれば自分の部屋に篭って、好きな音楽を聴きながら、パソコンや携帯のメールに熱中する子も多いでしょう。

 しかし、2人は自分の部屋よりもリビングで過ごしたり、渡部さん夫妻の事務所スペースで勉強することが多いそうです。家族4人の夕飯時間が1時間、2時間なんてこともしょっちゅうだそうです。

 それでも、「時には愚痴をこぼすときもあるんですよ」と、たっちゃんは言っていました。それは、当然でしょう。もし、私ならば曲がった方向へ進んでしまうか、家出でもしてしまいそうです。

 ところが、たっちゃんのご家族は前述したように、2人のお嬢さんが「子ども達に遊び場を与えてあげよう」という親の夢をしっかりと支え、そのことによって地域の子ども達のみならず、親御さんたちにも居場所を提供している姿にとてつもなく大きな感動を頂きました。

 今は、何らかの理由で家族が崩壊するという事は少なくありません。私は、今回の取材を通し、そのような時代だからこそ、たっちゃんのご家族の絆を目にし羨ましくてなりませんでした。

 また、このような人たちに「遊び場を与えてもらえる」子ども達も羨ましくてなりませんでした。

(記者:青柳 茂雄)

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