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2008年06月04日(水) 20時43分

オバマ、黒人初の米大統領候補に(下)オーマイニュース

 1月3日、アイオワの開票前、ロサンゼルスのクリントン選対事務所には勝利を期待して300人近い支持者が集まり、地元TV局が事務所前に中継車を並べていた。その様子を見届けた私は、数キロ離れたオバマ事務所に向かった。

 メディアの姿はない。支持者は開票中継と勝利に興奮しながらも「計算通り」と冷静に、次の戦場に向けて電話作戦を始めていた。その後でクリントン事務所に戻ってみると、すでに車も支持者の姿もなく、放心した表情のスタッフ数人が大スクリーンでオバマの勝利演説を眺めていた。

 選対幹部の女性は笑顔を作り、「もっと早く来たら良かったのに。ピザが沢山あったのよ」と私に言った。勝利を予期してお祭り気分で平らげたのだろうか。ドミノピザの空き箱が、事務所の隅に山積みになっていた。

 2月中旬、民主党各候補の選挙運動の資金の使い道が発表されたとき、クリントン陣営の「無駄遣い」は際立っていた。解雇された選対幹部やコンサルタントへの報酬、高級ホテル宿泊代……。1月だけで、1万ドル以上が「ピザ」に使われていた。

 資金も戦略も手詰まりになったクリントン陣営は、オバマとの差を際立たせるためメッセージを中道寄りに変え、レイス(人種)とジェンダー(性)を切り札に使って、党内の異なる支持基盤の間に、分断のムードを作り出した。

 多くの黒人には「白人は黒人が勝ち始めるとゲームの途中でルールを変える」という歴史的な実感がある。それを彷彿とさせるように、クリントンは指名決定の基本である代議員制に不満と不当性を訴え始めた。

 「共和党のようにwinner-take-all(得票率に応じた配分ではなく勝者が州の全代議員を獲得するシステム)だったら自分が勝っていた」。「党員集会は不公平」、だから、その票数を除いた上で「投票総数では自分が上に立っている」。「本戦でマケインに勝てるのは自分しかいない」……などなど。

 党が代議員を剥奪し、クリントン自身も無効と認めていたフロリダとミシガンの「復活」を訴え出したのは、サウスカロライナで大敗した直後だ。

 両州を復活させないのは市民権の侵害だと、奴隷制やジンバブエの腐敗選挙にまで例えた。

 民主党は5月31日に党規則委員会を開き、両州の党の提案を聞き入れる形で代議員の一部復活を、クリントン支持者も含めて多数決で決めた。

 しかし、クリントン陣営幹部のハロルド・イッキスは、自身が委員会主要メンバーとして両州の資格剥奪を決定した立場であったにも関わらず、納得せず、

 「ミシガンの4票分がハイジャックされた。クリントンは委員会に再度訴える用意がある」

と脅迫めいた発言をした。議場となったホテルには、白人女性を中心とするクリントン支持者が集まって

 「能力がない黒人の男を候補者にする気か!」「デンバーまで戦う!」「マケインに投票する!」

などと叫んだ。

 一連の言動に、クリントンを支持する議員や党幹部も反発を隠さない。ペンシルバニア州知事エド・レンデルは冷ややかにコメントした。

 「ミシガンの4票をデンバーまで争ったところで、クリントンが候補になる訳ではないのだから戦う意味がない」

  ◇

 6 月3日夜、全予備選を終えて敗戦が決まったクリントンには、こうした不穏なムードを一掃し、党をひとつにしてオバマを支持する姿勢をはっきりと示すことが期待されていた。しかし、地元ニューヨークから演説したクリントンは「今夜は何も決断しない」と、撤退を拒否。オバマの勝利も認めなかった。

 演説の冒頭でオバマを祝福したものの、それは長い予備選を戦ったことに対してであり、指名を決めたことに対してではなかった。

 「誰がより強い候補者か考えてほしい」

 「私が望むのは私に投票した1800万人の声が公平に扱われること」

 そう主張したクリントンはさらに

 「支持者の皆の意見を聞いて今後どうすべきか決断の参考にしたい」

と、自身のウェブサイトへ投稿を呼びかけた。マジックナンバーには届かないが、「大衆の候補」として抵抗を続ける可能性を残した。

 ビル・クリントン元大統領のアドバイザーでCNNコメンテーターのデイビッド・ガーゲンは失望を表した。

 「クリントンは、今夜が歴史的な瞬間であることを理解して撤退を表明し、オバマを全面支持して盛り上げるべきだった」

 CNNやAP通信によると、クリントンは敗戦を認めない一方で、「副大統領候補のオファーがあれば断らない」と、水面下でオバマ側との交渉を要求している。

  ◇

 アメリカは建国以来、限られた白人だけがパワー(権力)を持つことで成り立ってきた。それに挑戦し、憲法が約束する民主主義と人種平等の実現を目指す勢力と、それに激しく抵抗する勢力とが、押したり戻したり交渉しながら進んできたのが、アメリカの歴史だ。奴隷制の撤廃も公民権法の成立も、戦争や暴力を含む激しい抵抗なくしては、実現することはなかった。

 This race is about race.

 本連載の初回で述べたように、この選挙は人種をめぐる争い、建国以来続く争いの延長線上にある。オバマの「希望」の挑戦も、抵抗なくしては進まない。オバマと党幹部が望む「党内の融和」は、クリントンが撤退しない限り実現しない。対共和党との戦いになれば、「黒人候補」オバマはより激しい攻撃にさらされるだろう。

 オバマがデンバーの民主党大会で指名受諾演説をすることになる8月28日。

 その日は奇しくも、黒人解放運動指導者のマーティン・ルーサー・キング牧師があの「I have a dream」(私には夢がある)を演説したワシントン大行進から、ちょうど45年にあたる。

 レースは、始まったばかりだ。

(敬称略、この項、了)

(記者:佐藤美玲)

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