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2008年05月16日(金) 15時06分

創立120周年劇団新派「婦系図」「鹿鳴館」披露 6月6日から朝日新聞

 ここに新派あり。新派あるところ、近代の至情あり。今年、創立120年を迎えた劇団新派が6月6日から東京・新橋演舞場で「婦系図」「鹿鳴館」を上演する。二代目水谷八重子、波乃久里子を主役に立て、屈指の傑作を披露する。客演には歌舞伎の市川団十郎と片岡仁左衛門、西郷輝彦がそろって記念興行をもり立てる。

 新派事始めは1888年、角藤定憲による大阪での壮士芝居。女形名優が輩出する一方、千歳米坡や川上貞奴ら女優を誕生させた。

 今回の泉鏡花作「婦系図」(初演1908年)、三島由紀夫作「鹿鳴館」(同56年)で観察できるのは、女形と女優のかかわり方だろう。住む世界が違う男女の恋の悲劇を描く「婦系図」。お蔦を演じる久里子は「女形にあてて書いたところもある。でも『むやみに女形をまねてはいけない』と先輩たちに言われた」と話す。

 そこで参考にするのが、新派の名女形・喜多村緑郎の音声テープと台本。「心から愛し愛される人を演じたい。この神経は現代に置きますが、鏑木清方の絵が動いているような、諸先輩の初演時のやり方に戻りたい一心です」

 「鹿鳴館」は、三島が政治と恋の確執を緊密に仕組んだ作品。主役の影山朝子は八重子だ。八重子の母、初代水谷八重子が72年、断続的な闘病の渦中に朝子を演じている。当時の音声を聞くと、絞り出すような声音の中に芸者の意気地と、秋霜を払う冷厳さが同居。いったん女を否定した女優が女を演じる感触がある。文学座が初演した作品だが、「新派大悲劇」の金字塔と言える。

 八重子の声質は母に似る。しかし「母の節をまねしてしまうと、安易になってしまう気がするので、あえて聞きません」。繰り返し接しているのは、三島自身が本読みした際のテープだ。

 八重子は「120年を新たなスタートに」と意気込む。瀬戸摩純や井上恭太ら、若手も育ってはきた。しかし、古典に通暁していた三島に続くような劇作家は不在。かつて輝いた美意識や情緒を織り込んだ戯曲は出現しているか。俳優に対し、せりふ、所作の激烈な錬磨を強いる作品はどうか。「『この人にあてて書こう』と、作家に思わせる魅力的俳優が以前はいた」と久里子は危惧(きぐ)する。

 「婦系図」に出演する仁左衛門は「新派は歌舞伎の延長線上にある」。「鹿鳴館」に出る団十郎は「両者は近い兄弟」という。今後、芸態として歌舞伎に吸収される結果にならないか。優れた戯曲を得て名舞台を続けてきた劇団だけに、課題も大きい。

 29日まで。出演はほかに、安井昌二、英太郎、紅貴代ら。1万4700〜2520円。(米原範彦)

http://www.asahi.com/culture/stage/theater/TKY200805160156.html