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2008年05月13日(火) 10時54分

岡本太郎の「置きみやげ」初公開 試行の跡生々しく朝日新聞

 没後12年たっても、再評価の続く巨人岡本太郎(1911〜96)。今また、代表作に関係する「置きみやげ」の初公開が重なっている。

 ひとつは、イメージスケッチ。東京都港区の岡本太郎記念館で開かれている「太陽の塔——万国博に賭けたもの」展の目玉だ(8月31日まで。火曜休み)。70年に開催された大阪万博の、テーマ館「太陽の塔」を構想する際の試行の跡がわかる。

 岡本が同テーマ館のプロデューサーに就任したのは67年夏。当初、固辞し続けたが、実はその間に塔のイメージがわき続けていたことも、スケッチ群に記された日付でたどれる。

 昨年11月、記念館の資料庫になっている岡本の旧宅で402枚も、41年ぶりに「発見」された。うち約20点を展示。高さ70メートルの塔の現在の姿とは違い、特徴のある「顔」がいくつもある図を残すなど、多様な工夫が見て取れる。中南米や北米を旅行中、宿泊したホテルのレターヘッド付き便箋(びんせん)を用いたこともわかり、生々しい。

 もうひとつは「旧・東京都庁舎の陶板壁画」。といっても、50年代に、東京都千代田区に建設された同庁舎は91年に取り壊され、壁画も同時に解体されたので、面影をとどめる「型」である。川崎市岡本太郎美術館で開催中の「岡本太郎 立体に挑む」展(7月6日まで。月曜休み)に展示されている。

 11面作られた陶板壁画のうちの「日の壁」。解体寸前に型をとり、繊維強化プラスチック(FRP)で成形した。やはり、太郎記念館で見つかっていた遺産のひとつだ。太陽の塔の模型なども含み210点を超える今展の構成のなかで、縦5.75メートルもの大きさが異彩を放つ。色彩が無いのが残念だが、巨大さと浮き彫りの巧みさはわかる。

 「べらぼうなものを作る」と語って、近代を突き抜けた太郎。そのスケールの大きさや豊かな発想の源泉を、改めて探る機会になっている。(編集委員・田中三蔵)

http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY200805130090.html