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2008年05月06日(火) 12時30分

辛酸なめ子さんと見た 吉本「ライブスタンド08」朝日新聞

 吉本興業グループが企画制作する大規模お笑いライブ「ライブスタンド08」が4月26、27、29日の3日間、千葉市の幕張メッセで開かれた。5万人もの観客に見せる「笑い」とはどんなものか。コラムニスト・漫画家の辛酸なめ子さんと最終日に訪ねた。(岩本哲生、村瀬信也)

しんさん・なめこ 74年生まれ。独特のイラストと皮肉のこもった文章が人気。『女子の国はいつも内戦』(08年、河出書房新社)など著書多数 大勢のファンでにぎわう「コナモン」の舞台=4月29日、千葉市の幕張メッセ。写真はいずれも小宮路勝撮影

■「迷走」だって見どころ

 正午すぎ。開演前の会場に人波がのみ込まれていく。Tシャツにジーンズ姿の観客が「ロックフェスっぽい」。メモ片手の辛酸さんがつぶやく。

 最大収容2万人の大舞台が「コナモン」。ついで「カワキモン」(1万人)、「アゲモン」(2千〜3千人)。コナモンは大御所や人気芸人、アゲモンが若手、その間がカワキモンだ。同時に漫才やコントが演じられ、観客は自由に行き来できる。

 まず「コナモン」へ。立ち見の客が舞台を囲む。大モニターに観客がアップで映ると、手を振ったりおどけたりノリが良い。「盛り上げるのにうまいやり方ですよね。これから笑うぞっていう一体感が生まれそう」

 手拍子でカウントダウンし午後1時。大音量の音楽が鳴り響き、桂三枝が登場した。辛酸さんの感想は「和服姿の大御所は場が締まって格調が高くなる」。

 出演者は3日間で延べ800人。辛酸さんは「カワキモン」の芸人が気になる様子でコントの途中で移動する。一番手「ジャルジャル」は野球を知らない少年にバットの握り方などを教えるがうまく伝わらないというコント。実は辛酸さんは昨年、NHKの演芸コンテストで審査員を務めていてその時とネタも同じ。前よりこなれていて安心感があったそう。「笑いどころがわかっているのがいいのかも」。コアなお笑いファンの心境だ。

 その後は一転、残酷さを感じさせる展開になった。「フォー」のギャグで有名になったレイザーラモンHGが女装で相方のRGとコントをやるが、最後は何の話かわからなくなる。「ブームをすぎた芸人の『迷走』ぶりも見えてくる。観客はそういう空回りも見たいのかも」

 逆に今が旬の芸人「世界のナベアツ」は勢いを感じさせた。コスプレネタに笑っていた横浜市の女子中学生(12)もナベアツを見たいとチェックして来た。学校でもお笑いが人気で、友達との会話のネタに欠かせない。

 辛酸さんは「メジャーとマイナーを行ったり来たりできるのがいい。テレビのチャンネルを変えるよう」と言う。

 夕方からは今年の新企画、吉本新喜劇が「コナモン」で始まった。今田耕司ら東京勢と内場勝則ら大阪勢の混成チーム。新喜劇を初めて見た辛酸さんは「若い芸人の個々のネタは面白いけれど、要所に登場する大御所芸人にはみな気をつかっているようだった」と厳しい。そうした空気を感じてか、大阪勢のベテラン池乃めだかは終演後の取材で「おれらは小手先の言葉で笑わせるものが多いやんか。お客さんが多いと、うけが違うのやなあ」と首をひねった。

 午後8時過ぎまで続くこのイベントは昨年に続き2回目。3日間で昨年より1万人多い5万5千人(主催者発表)が来場した。グッズを含めた総売り上げは、4億5千万円という。

 午後4時くらいから、そろそろ立ちっぱなしがつらくなってきた。残りも見飽きることはなかったが、できれば体力は笑うためだけに使いたい。

■辛酸さん「クールな反応 出る場」

 舞台が狭くなるにつれ、マニアックな芸になり、持ち時間も減る。格差社会の反映のようだ。アゲモンはネタが練り上げられておらず、意味不明な言葉を叫ぶ芸人が多いが、コナモンは滑舌良く万人受けするネタでわかりやすい。

 それでもアゲモンの中には、外国人歌手ビヨンセのふりまねをする渡辺直美のように舞台の外まで人だかりができる人も。人の流れを見ると今後注目すべき人かどうかがわかる感じだ。

 吉本以外の芸人も出演したが、たとえば「そんなのかんけえねえ」というフレーズをはやらせ、ブレークした小島よしおが出ていないのは大人の事情があるのか。ネタは割合時間通りで、音楽ライブに比べてきっちりしている印象。吉本のスクールで教育が行き届いているせいなのか。

 会場が狭いと「周りと同じように笑わなきゃ」という脅迫的な感覚があるが、これだけ広いと立ってクールに見ているだけでも良い。素直な感情が出る。ただ立って見るとリラックスできず、座って見るよりも爆笑が生まれにくい。(談)

http://www.asahi.com/culture/stage/engei/TKY200805060070.html