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2008年05月02日(金) 00時00分

憲法本は今、「自分で書いてみる」「まず読む」朝日新聞

 日本国憲法は3日、施行61年を迎える。昨年、安倍内閣のもとで盛んだった憲法論議は下火になった。いま、憲法をどのように語り、向き合っているのか。静かに広がる「憲法本」を手がかりに探った。(浅見和生)

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 「憲法前文を自分の言葉で書いてみよう」

 まんが原作者で、神戸芸術工科大教授の大塚英志さん(49)は中学生や高校生らにこう呼びかけてきた。集まった前文を02年から出版し、すでに第5部を重ねた。これまで約400人の「前文」が掲載された。

 大塚さんは「現憲法が連合国軍総司令部(GHQ)による押しつけ」という意見に違和感を感じていた。「『押しつけ』というわりに、自分の言葉で憲法をつくろうとしていない。一度、自分たちで書いてみようと思った」

 03年出版の「『私』であるための憲法前文」には、123人の前文が載っている。

 当時、飛翔館高校(大阪府)1年だった浜田裕介さん(21)は学校の宿題で前文をつくった。手始めに憲法の前文を読んだ時、「これって日本の目標やん」と思った。そして、自分がどうしたら認められるかを考えさせられたアルバイトの経験を振り返り、「色んな人、特に中高生には、目標を持って欲しいと思う」「目標があれば、きっと それに向かって努力するからだ」と書いた。

 大谷高校(京都府)3年だった宮田(旧姓仲)優子さん(23)は身の回りのことからと考え、「家族にはいつまでも笑顔でいて欲しい」と記し、「自分の生まれた国を知り、その他の国にも興味を持とう!」としめくくった。

 いま、浜田さんは大学生に、宮田さんは主婦になった。2人ともその後、憲法について誰かと話した経験はない。宮田さんは「目の前の暮らしでいっぱい。憲法なんて考え得ることがなかった」。それでも2人とも毎年憲法記念日が近づくと、自分の前文は思い出すという。

 2人はいまなら、どんな前文を書くか? 2人とも「同じ内容になるんじゃないかな」。必死に考え抜いたことだから、そう簡単に変わらないという。

 昨年5月、憲法を変えるための手続きを定めた国民投票法が成立した。大塚さんは「有権者が『空気』を読んで投票するようなら、考えなしの憲法になってしまう。自分の言葉で憲法を語る力がなければ、投票にも責任が持てない」と話す。

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 〈若者が書いた主な「憲法前文」〉

 榎園真那 中学2年 みんなで地球を守って皆仲良しの国にしていこう☆

 根橋知宏 高校1年 人種差別なんてくだらねぇーこといつまでも続けんなよ。

 自見友希 中学3年 いつも心の片隅に「みんな幸せであれ」と願っていたいと思う。

 鈴木麻穂 中学3年 意味もなくこの地球上の生き物の命を奪ってはいけないということを記す。

 渡部 楓 中学2年 愛されなくても。遊べなくても。助けられなくても。愛そう。守ろう。

 尾関 晃 高校1年 日本人は皆で話し合って問題を解決すべきである。

 (「『私』であるための憲法前文」から抜粋。肩書、名前は掲載のまま)

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 出版科学研究所(東京)によると、憲法をテーマにした本は学術書を含めて毎年60〜70点出版されている。一般向けの本が増えたのは、00年代に入ってから。99年に国旗・国歌法が成立し、改憲論議が活発化してきた頃だ。

 ロングセラーを続けているのが、82年に出版された「日本国憲法」(小学館)。憲法の条文に写真を添えただけの簡素なつくりだが、時代状況に左右されることなくコンスタントに売れ続け、これまで92万部が売れた。

 編集を担当した島本脩二さん(61)は「『家庭の医学』の隣に置けて、暮らしの基本となるものを探した結果、憲法に行き着いた」と話し、「今も暮らしの中で憲法が必要とされていると思うと感慨深い」と話す。

 01年に出版された「復刊 あたらしい憲法のはなし」(童話屋)と「日本国憲法」(同)も、それぞれ25万部を売るヒット作となった。

 「あたらしい——」は憲法が施行された47年に旧文部省が発行した中学1年生用の社会科の教科書。古い教材の展示会で目にした編集長の田中和雄さん(73)が易しくて分かりやすい文章に感激し、条文にふりがなをつけた「日本国憲法」とともに文庫本サイズで出版した。

 初版でそれぞれ10万部を印刷した。周囲は「憲法の本なんて売れない」と印刷数を減らすよう反対したが、結果は3カ月で増刷となった。

 田中さんは「護憲」「改憲」の前に、まず憲法を読む「読憲」を勧める。「憲法には生きるための規範のようなものが書かれている。でも61年もたてば、ほころびもでてくるでしょう。まず憲法を読む。そして、条文ごとに考えてほしい」

http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200805020051.html