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2008年04月25日(金) 16時41分

ノートに託す心の交流 hideの死から10年朝日新聞

 ロックバンド「X JAPAN」のギタリストだったhide(ヒデ)=本名・松本秀人さん=が33歳で命を絶って、5月で10年。あのとき黒い服の若者たちがあふれた東京・築地本願寺の一角で、今も「hideノート」が書きつがれている。その数、約120冊。静謐(せいひつ)な場所で、心の何かをノートに託し、あしたを生きる力を得て帰る。この心の作用に、宗教関係者は注目する。聖心女子大学准教授(宗教学)の堀江宗正さん(39)と、築地本願寺を訪ねた。

 大通りから堀江さんと正門を入って、「古代インド仏教様式」の石の本堂に圧倒された。本堂に入ると喧噪(けんそう)が消える。パイプオルガンもあり、どこかヨーロッパの教会のよう。98年5月2日にhideが急死した後、ここで通夜や告別式が営まれ、3万人ともいわれるファンが寺を取り巻いた。

出張のたびに

 hideノートは、告別式の翌日、悲嘆に暮れるファンに自分自身を見つめてもらおうと、寺を拠点にホスピス活動をする団体「浄土真宗東京ビハーラ」が置いた。本堂の隅の、紫の布で覆われた机に、最近の十数冊がある。

 本堂は本尊を拝む場所。故人を祭るのは宗旨に反するのでは? そう堀江さんが尋ねると、お寺の吉川孝介庶務部係長が答えた。「宗旨にも矛盾するし、初めはどうかなと。でも、この子たちは少なからずhideさんを縁に仏教に出会ったのですから」

 堀江さんとノートをめくった。(引用はいずれも抜粋)

 〈2回目の築地本願寺です。私はhideの年を追い越してしまいました… 今年でもう10年が経(た)つのですね。ここは本当に心が落ち着く場所。…また出張のたびに寄りますね! お坊さんのLiveを聞きながら 08・3・1〉

心の奥さぐる

 別なノートを開いた。

 〈ねえhideちゃん。あなたに聞きたいことがあるの。私があの時諦(あきら)めてしまった命は、私が抱くことができなかった大切なあの命は、あなたのもとで安らかに眠っていますか?〉。流産した女性ファンが書いたのだろうか。

 さまざまな世論調査によると、日本で特定の宗教を信じていると答える人は2〜3割。20代では1割未満という調査結果もある。このノートに書き込む若者たちも、多くは「無宗教」と答えるに違いない。しかし、彼ら・彼女らは本当に宗教とは無縁だろうか。

 宗教学では近年、「スピリチュアリティ」という概念が注目されている。霊性と訳されることもある。既成宗教を必ずしも仲介せずに、見えない何かを直接感じる、宗教的な意識をさす。その研究が進むのも、自分では「無宗教」と信じる人々の心の奥をさぐるためだ。

 さらに別のノートへ。〈今日、国立がんセンターに来ました。結果は大丈夫でした。よかったです。hideポン、ありがとうございます〉。彼女は近くのがんセンターで受診するたび、書きに来ていたようだ。

 こんな記述もあった。

 〈命を受けることができる人がいれば、私はとなりで命を殺(あや)めようとしている。それでもhideは側にいてくれる。生きるって何なのかな? こわくてこわくて仕方がないよ。このノートで通じているhide達にははずかしくないように生きたい〉

 悩み、恋愛、就職……。多くは、何かを報告したあと、hideがどう考えるか尋ねている。ノートを読むうち気づいた。「見守って下さい」という言葉が多い。

自分確かめる

 葬儀当時は、腕や服に「秀徳院釋慈音(しゅうとくいんしゃくじおん)」とhideの院号法名を書いて来たファンもいたという。宗派の教えに従えば、死んだhideは仏になったはず。だが、近年のノートを見る限り、仏を拝むような言葉は見つからない。

 「ファンたちは寺院の一隅で、宗教とは無関係に、目に見えないけれど身近なスピリチュアルな存在としてhideを感じ、思いをつづっている。従来の日本人の死者に対する恐怖や不浄観とは無縁に、hideを通じて死と個人的に向き合い、成長を振り返り、ファン同士で連帯しているようだ」と堀江さんは考える。

 神仏と、スピリチュアルな存在は、どう違うのか。「自分は自分の人生を生きており、見守ってくれればいい。救いを求めているわけではない」。求めているのは、つながり。「hideと、内面的、抽象的なところで、つながっていればいいのです」。その目に見えないものとのつながりのなかで、自分を確かめているようだ。(大室一也)

    ◇

 X JAPAN 日本を代表するロックバンド。82年結成。派手なルックスと激しい音楽、美しいバラードなどで熱狂的支持を得た。ボーカルTOSHIの脱退をきっかけに、97年に解散した。hideはギタリストで、ソロでも活躍。骨髄バンク推進などの社会活動でも注目された。死後、海に散骨もされた。Xは今春、東京ドームで「復活」コンサートを開いた。

http://www.asahi.com/culture/music/TKY200804250234.html