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2008年04月25日(金) 12時00分

らせんと音の関係:内耳の蝸牛はなぜ螺旋形かWIRED VISION

実験的ミュージシャンPanda Bearの楽曲『Good Girl/Carrots』を、本格的なオーディオ愛好家向けのステレオセットで再生したとき、曲中の最も低い音と最も高い音を聞き取れるという人は、自分の蝸牛に感謝しよう。

蝸牛とは、哺乳類の内耳にある、聴覚を司る器官だ。

蝸牛は中が空洞で、リンパ液に満たされたらせん状の骨組織で、音の振動を電気信号に変換する。その電気信号は蝸牛神経を伝わり、最終的に音として知覚される。

低周波音を聞き取る上では、このらせんの形状が特に重要だという。

「ささやきの回廊というものをご存知だろうか」と、米国の国立聴覚・伝達障害研究所 (NIDCD:National Institute on Deafness and Other Communication Disorders)に所属するRichard Chadwick氏は言う。「その完璧な例が、[ロンドンの]セント・ポール大聖堂だ。曲線状の壁に沿ってささやけば、その形状のおかげで、ささやき声でも非常に遠くまで伝わる」

Chadwick氏は、4月14日(米国時間)に『米国科学アカデミー紀要』(PNAS)ウェブサイトに掲載された、蝸牛の形状に関する論文の共同執筆者だ。
この曲線をらせん状にしてみると、その効果はさらに顕著になる、とChadwick氏は説明する。音のエネルギーが蝸牛の中心部にまで伝わり、そこで低周波音が知覚されるためだ(高周波音は、蝸牛の入り口付近で吸収される傾向にある)。

このことから、らせんの巻きが強いほど、聴覚は鋭敏になると考えられる。蝸牛の中心部と入り口の曲線の曲がり具合の比[曲率半径の比]を見ることで、ネズミからゾウまで、ほぼすべての哺乳類について低周波音の知覚能力の限界を予測できることを、Chadwick氏の研究チームは発見した。

この事実には、何か詩的なものさえ感じられる。耳の大きさは関係なく、重要なのは形状が持っている性質だというのだ。

実際にらせんは、何千年にもわたり人間の興味の対象となってきた。古代ギリシャの数学者もルネサンス時代の画家も、みなオウムガイの貝殻やヒマワリの中心部に目を留め、そこからインスピレーションを得ている。

科学者の蝸牛についての理解が深まれば、科学の力でそれを微調整することも可能になるのだろうか? それによって将来、Junior Wilsonによる『Dock of the Bay』リミックスバージョンの低音を、それが本来意図している通りに、聴く人の脳みそを、入り江の埠頭(Dock of the Bay)どころか太平洋の向こう側まで吹っ飛ばすほどに響かせることができるだろうか?

「おそらくその問いに対する答えは、論文の最後の一文にある」と、Chadwick氏は電子メールで回答してくれた。「その一文とは、らせんの形を制御している遺伝子が発見されれば、仮定の上では、低周波音の知覚能力を拡大することも不可能ではないことを示唆する内容だ」

つまり、答えは条件付きのイエスであり、それを実現できるのは未来の世代になるということだ。

われわれが、フランク・シナトラを雑音まじりのAMラジオで楽しんでいる今のお年寄りを古臭く感じるのと同じように、未来の世代の目には、低音スピーカーに耳をこすりつけているような連中は過去の存在と映ることだろう。

『米国科学アカデミー紀要』(PNAS)ウェブサイトに掲載された論文『蝸牛の形状が低周波音の聴覚に及ぼす影響』を参考にした。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080425-00000004-wvn-sci