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2008年04月22日(火) 21時03分

取材を受けた側だけの責任か!?〜オリコン裁判〜オーマイニュース

 雑誌『サイゾー』(当時株式会社インフォバーン発行。現株式会社サイゾー)内で、「オリコンのヒットチャートはジャニーズに甘い……」などの発言をしたとして、オリコン(小池恒社長)に名誉棄損で訴えられた烏賀陽弘道氏が、逆にその訴え自体を「言論を不当に抑圧するもの」として、オリコンを反訴した「オリコン・烏賀陽裁判」(綿引穣裁判長)の判決公判が、22日、東京地裁で開かれた。綿引裁判長は、オリコン側の主張をほぼ認め、烏賀陽氏には100万円を支払うよう命じるという、烏賀陽氏側の全面敗訴を言い渡した。

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 なお、判決の詳細は渋井哲也氏の記事「烏賀陽氏敗訴 オリコン側の主張をほぼ認める」に詳しい。

 同記事内でも紹介されているが、烏賀陽氏は、判決後、以下のようにコメントしている。

 「今回の裁判は、たまたま『オリコン対烏賀陽弘道』という形をとっているが、実際には言論の自由を守ろうとする人と、ぶちこわそうとする人たちの争いだった」

 言論の自由を守る立場で争った烏賀陽氏が全面敗訴したこの裁判は、今後、メディア界にどのような影響を及ぼすのだろうか。

 その点も視野に入れつつ、傍聴記を書いていきたい。

  ◇

 午後0時半。東京地裁に到着すると、傍聴を求める人の列がすでにできていた。記者席をのぞく30席ほどの傍聴席に対し、傍聴希望者は37名。よほど運が悪くなければ、傍聴はできるだろうと踏んでいたが、元来のくじ運の悪さがここで発動。抽選からもれてしまう。

 くじに外れることにはこれまでの人生ですっかり慣れきっている。さらりとあきらめていたところ、なんと、渋井氏の知り合いが傍聴券を譲ってくれる進言してくれた。思わぬ申し出から、709号法廷へ向かえることに。

 法廷では、テレビカメラによる2分間の撮影が入った後、綿引裁判長により、判決主文が読み上げられた。「本訴被告」、「本訴原告」、「反訴原告」、「反訴被告」などの表現が入り乱れ、かつ早口だったため、一瞬混乱しながらも、烏賀陽氏が敗訴し、100万円の支払いを命じられたのだと理解する。烏賀陽氏は何か言いたげな様子で、退廷する裁判官たちを見つめていた。

 地裁のエレベーター内で、傍聴人たちの会話に耳をそばだてる。

 「主文がよく聞き取れなかった……」

 「烏賀陽さんのほうに、もう少し明確な証拠があればね」

 裁判後、記者は弁護士会館で行われたブリーフィング、続いて司法記者クラブの会見に向かった。

 そこで、烏賀陽氏は、あらかじめ用意していた「不当判決」と書いたパネルを掲げながら発言。

 「今回の判決は私の理解を超えていた。これが前例にならないようになるまで争い続けたい」

 控訴の意向を宣言したのである。

■『サイゾー』の主張の補強材料として使われた

 記事冒頭、「オリコンのヒットチャートはジャニーズに甘い……などの発言をした」と書いたが、烏賀陽氏は、実際にはそのような発言はしていないという。『サイゾー』からの電話取材に対し、発言はしたものの、記事になる時点で発言が編集部に都合よい形にゆがめられていたそうだ。経緯はこうだ。

(1)ジャニーズについて、電話で質問を受け、「ジャニーズに関しては、詳しいことはわからない」と答える

(2)ジャニーズとオリコンの関係について聞かれ、「わからない」と答える

(3)オリコンについて知っていることを教えてくれと言われ、「『AERA』(朝日新聞社)に記事を書いた3年前当時の情報でよければ」と前置きしインタビューに答えた

 「要するに、『オリコンはジャニーズに甘い』という『サイゾー』編集部の主張の補強材料として発言が使われたんです」

 さらに、雑誌発売前、その事実に気づいた時点で、『サイゾー』編集部に対し、記事の訂正を迫ったという。

 それに対し、司法記者クラブの会見では、記者団から「記事の訂正、もしくは取り下げはどのタイミングで行ったのか?」との質問がとんだ。

 「雑誌の発売前でしたが、すでに編集部の手を離れた段階で、間に合わないと言われました」

■取材した側に責任はないのか

 烏賀陽氏は、実際、雑誌編集者からの電話インタビューに答えただけである。そこで問題となるのは、記事を書いた人間の文責は問われないのか、あるいは、雑誌を発行した出版社に責任はないのかといった点だ。取材源だけが訴訟の対象になった今回の裁判は、その観点においても、注目を浴びたわけである。

 電話取材は報道の場面では、日常的に行われている。そして、取材源の真実性、もしくは真実相当性が論点になり、責任が追及されるような事態になった場合、大抵はメディアが取材源とともに戦うことになる。

 しかし、今回のように、取材源だけが訴訟の対象になった場合、完全にメディアと取材源は分離される。そして、取材源は孤立することになる。これは由々(ゆゆ)しき問題だ。こういった事例が許されると、取材を受ける側は、自由な発言ができなくなり、また、取材する側も、取材対象者から発言を得ることができなくなってしまう。烏賀陽氏の言うとおり、電話取材という手法は成立しづらくなるのである。

 これは、結果として、メディアの委縮にもつながりうるのではないだろうか。「オリコン・烏賀陽裁判」を追い続けてきた渋井氏もその点を危惧(きぐ)し、こう発言している。

 「オーマイニュースのような市民メディアでも同じような問題を抱え込むことになる。特に、オーマイニュースは取材源と市民記者との距離が近い可能性が考えられる。市民記者を訴えず、取材源だけを訴える者が出てくる可能性もあるし、また、市民記者だけを訴える者が出てくる可能性も捨てきれない。そうした場合、メディア(オーマイニュース)、記者(編集者、市民記者)、取材源は完全に分離されてしまいかねない」

 裁判後、烏賀陽氏の弁護団長・釜井英法氏は、今回の判決の問題点をこうまとめた。

 「烏賀陽は『情報源』、『取材先』にすぎない。それを名誉棄損訴訟で1人を狙い撃ちし、公的発言を妨害するのは『ぼくはパパを殺すことに決めた』事件で取材先の医師が逮捕されたのと同じ構造。憲法で保障された言論の自由を破壊する、反民主主義的な判決だ」

(記者:馬場 一哉)

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