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2008年04月20日(日) 17時39分

市民記者がきっかけだった「ビターゲート事件」〜佐藤 美玲レポートオーマイニュース

 4月22日、約1カ月半ぶりの予備選が行われるペンシルバニアでは、大差で勝ちたいヒラリー・クリントン、逆転勝利を狙うバラク・オバマが、最後の票の掘り起こしに駆け回っている。

 そのペンシルバニア州都フィラデルフィアで16日、ABCテレビ主催で両候補の討論会が開かれた。討論会はこれで21回目だが、前回対決(2月末)から間が空いていた。

 加えて、オバマが同州の労働者層について、「経済的困窮や政治不信に落ち入った人々は苦々しい(bitter)思いを抱き、銃や宗教にすがり、自分と違う人間や、移民や貿易問題に対して反感を持つことで不満を解消しようとしているのは、理解しがたいことではない」と語ったことが、4月11日明らかになった。そのため、「労働者を見下したエリート的発言」との批判を呼び、「ビターゲート」(ニクソン元大統領を辞任に追い込んだウォーターゲートに引っ掛けた)と名付けられて、ここ数日、大騒ぎになっていた。

 それだけに、ネットワーク局が全米中継する討論会に注目が集まった。

■失言に集中するテレビ局

 会場は国立憲法センター。ABCは質問の合間に合衆国憲法を引用し、通常の討論会とは異なり観衆に拍手や歓声を禁じるなど、ものものしさを演出した。しかし、厳粛さとは裏腹に、同局のアンカー2人が繰り出す質問は、オバマの「失言」に集中した。ビターゲートに始まり、ジェレマイア・ライト師の問題、オバマが「国旗バッジの着用を拒否した」という噂や、70年代過激派グループの一員だった大学教授と知り合いであることを持ち出し、オバマの愛国心を執拗に問い正した。

 司会者とクリントンからの攻撃で防戦一方になったオバマは、「ひとつの発言を取り出して死ぬまで叩きのめす。Gotcha! (引っかかったぞ! という意味)というワシントン的ゲームだ」と不満を表した。

 イラクや経済など、司会者の質問が「政策」に向いたのは、討論開始から1時間後。討論会冒頭からCMを入れるなど中断も多く、国民の関心が高いガソリン高騰の問題に至っては「時間がなくなった」と駆け足で触れるにとどまった。

 討論会終了後、会場からは司会者へのブーイングが起き、ABCのウェブサイトには2万件近い苦情が寄せられた。ライト師の問題などは、すでに攻撃も釈明もし尽くされた感があるだけに、他局の評論家は「なんら新しいことを引き出せなかった」と酷評。主要各紙やブログには「史上最悪、恥ずべき討論会」「扇情的ジャーナリズム」「負けたのは候補者ではなくABC」という見出しが躍った。

 ワシントン・ポストのメディア評論記者トム・シェールズは、「粗悪で卑しいパフォーマンス」とバッサリ。「ニュース価値がない問題をめぐって候補者が引き裂き合うのを期待して、見かけ倒しのくだらないゴシップに終始した」

 オバマを支持する団体「ムーブ・オン」は、ABCに抗議すべく署名活動を開始した。クリントン陣営は、「TVアンカーの厳しい質問に耐えられないで、敵国の指導者や共和党とどう戦う気か? オバマは自身の失敗から人々の注意をそらせようとしている」と冷ややかだ。

 一方、マケイン支持者は「オバマを破壊した」と喜んだ。クリントンの方が倒しやすいと考えているため、保守系ブログには「これで特別代議員が考え直してクリントンに鞍替えしたら、真の勝者はマケインだ」といったコメントが踊った。

 ニューヨーク・タイムズの保守派コラムニスト、デイビッド・ブルックスは「素晴らしい討論会だった。ジャーナリストの仕事は政治家を不快にさせることだ」と賛美した。

■30歳以下は、ネット>ケーブルTVニュース>新聞>3大ネットワーク

 討論会をめぐる批判は、3大ネットワークTV(ABC、CBS、NBC)の選挙報道における役割と信頼性の低下を映し出している。

 ここ数年、メディアの統合買収が進み、ディズニー(ABCの親会社)など数社がアメリカの主要報道機関を独占している状態だ。ねつ造記事の発覚、ブッシュ政権の暴走を止められなかったという批判、イラク戦争よりハリウッドのスキャンダルに費やす時間が圧倒的に多いなど、国民のメディアを見つめる目は厳しい。

 リベラル系ニュースサイト「デイリー・コス」のブロガーは、ABCの討論会を「メディア崩壊の最たる例。中身がなく、自己満足。国家が直面する重要な問題をカバーする能力も意志もない」と批判する。

 ABCのジェフリー・シュナイダー副社長はロイターの取材に対し、「討論会を見た人は1070万人。今予備選の討論会としては最高の視聴率を記録した。(批判を含む)視聴者からの反応の大きさは、関心の高さを表している」と話している。

 とはいえ、今回の予備選で、3大ネットワークが投票日に特番を組んだり、開票速報を伝えたりすることはほとんどない。

 代わって選挙報道の主役を担っているのは、CNN、MSNBC、FOXなどのケーブルTVニュースだ。討論会の主催はもちろん、独自のコメンテーターを揃えて、毎日絶え間なく選挙情勢を伝えている。

 規模でネットワーク局には追いつかないものの、スーパー・チューズデー(2月5日)直前にCNNが主催した討論会は視聴者数830万人と、ケーブルTVとして過去最高を記録した。

 それより伸びているのがインターネットだ。今年1月の調査では、大人の24%がインターネットから政治情報を得ていると答えた。30歳以下では42%と増え、ケーブルTVニュース(35%)、新聞(25%)、ネットワークニュース(24%)を上回る(Pew Center for the People and the Press調べ)。

 「YouTube選挙」とも形容される今回の予備選では、一般市民が投稿する動画も世論に影響する。ニューズウィーク誌のジョナサン・オルターは「昔は夕方のニュースが主流だったが、今はYouTubeに乗らなければニュースじゃないという時代だ」と語る。

 こうした状況でケーブルTVやブロガーがABCを低俗と批判するのは不公平だ、という声もある。

 オバマとクリントンに政策の違いはほとんどない上、討論もし尽くした。人格(character)と、本戦で共和党の攻撃に耐えられるか(electability)の2点は重要な問題で、最新の「失言」に質問が集中するのは当然だ。ケーブルTVやブログだって、毎日そう伝えているではないか、という意見である。ABCのアンカーは「国旗バッジ着用拒否」に触れる際、「すでに(オバマが)何度も説明したのは分かっているがインターネットで広まっている(It is all over the Internet)」と質問を正当化した。

■ハフィントン・ポストってなに?

 もう一つ、今回の騒動で浮き彫りになったのが市民記者の影響力だ。討論会のお膳立てをした形になった「ビターゲート」は、じつは市民記者の記事がきっかけだった。

 前述のオバマの発言は、4月6日、サンフランシスコで行われた非公開の政治資金パーティーの席上で出た。このパーティーに参加していたのが、リベラル政治ニュースサイト『ハフィントン・ポスト』に市民記者(citizen jounalist)として登録する、メイヒル・ファウラー(Mayhill Fowler)。

 オバマの言葉を、カリフォルニアの裕福な支持者が田舎の労働者階級に抱きそうな否定的なイメージを強調したエリート的な発言だと感じ、記事にした。(Obama: No Surprise That Hard-Pressed Pennsylvanians Turn Bitter)

 大騒ぎになるのに時間はかからなかった。同サイトのアンドリュー・ロメロ記者の回想によると、記事掲載は11日午前7時前。午後3時までに、クリントン支持者からメディアに記事を読むよう呼びかけるEメールが回った。3時半、人気のあるブログ「ポリティコ」が取り上げ、数分後にゴシップニュースサイト「ドラッジリポート」がリンクを張った。後はTVと新聞が引き継いで、「オバマが労働者を侮辱」という報道が出来上がった。

 クリントンはオバマを「エリート主義者」と呼び、「人々が教会へ行き銃を撃つのはビターだからではない」と攻撃。オバマへの失望を口にするペンシルバニア州民を並べたテレビCMを作り、すぐに同州で流し始めた。

 右派の攻撃も加速した。マケインは「労働者はビターではなく前向きで明るい。オバマは庶民の現実を知らない」と批判。ニューヨーク・タイムズの保守派ビル・クリストルは「はがれた仮面」と題した論説で、オバマをマルクス主義者と呼んだ。ロサンゼルス・タイムズのジョナ・ゴールドバーグは「ヤッピー候補オバマ」と題し、オバマを物質主義のエリートで「反革命分子」だと書いた。

 オバマは「労働者の境遇に同情した発言だった」「実際、共和党は経済より同性愛結婚や銃を持つ権利などを選挙の争点にしてきている」などと意図を説明したが、騒ぎは収まらず、最終的に「発言は誤りだった」と述べた。

 市民記者ファウラーにも注目と批判が集まった。61歳の女性で、昨年市民記者として選挙報道のコーナー「オフ・ザ・バス(Off the bus)」に登録、出版歴もない。それがこの記事で、48時間以内に25万のページビュー、5000のコメントが寄せられ、その日のグーグルのトップストーリー選ばれた。

 「駆け出し市民記者が政治報道の常識を変えた」

 そう褒める声がある一方、ファウラーのジャーナリストとしての倫理に疑問を呈する人もいる。

■記者か、献金者か──未整理の倫理

 問題のパーティーは参加費1000ドル。報道陣は立入禁止だった。ファウラーはオバマ支持者で、これまでに上限いっぱいの2300ドルを寄付している。パーティーの開催を知ったファウラーは、既知のオバマ選対スタッフに頼んで出席。記事と共に掲載したオバマの演説のテープは「隠し撮りではない。周りの人もビデオや携帯で録画していた」と言う。

 「パーティーに参加したのはジャーナリストとしてであり、支持者としてではない。以前にも資金パーティーについて書き、選対に取材したこともあり、自分が市民記者であることを選対は承知していたはずだ」。一方で、後で仲介者からオフレコだと聞いたとも伝えられている。

 サンフランシスコ・クロニクルのジョー・ガロフォリ記者は自分のブログで指摘する。(参照:同記者のブログ)

 「報道陣禁止」であっても、「ブロガー禁止」と書いてあるわけではなく、誰もがカメラつき携帯電話や小型録音機を持つ時代に、情報の流出は止められない。しかし、「伝統的な報道記者であれば日々直面する倫理問題に、政治ブロガーたちは直面していない」

 「2300ドルの献金をし、1000ドル払ってパーティーに行くなど、資金と人手が限られ、他にもニュースをカバーしなければならない大手メディアには出来ない。候補者への献金は倫理違反。ファウラーは、献金者とジャーナリストの間の線を超えることに良心の呵責を感じなかった」

 「オバマ選対はファウラーをオバマに同情的なブロガー/活動家の献金者だと見ていただろう。もしファウラーが、報道陣禁止の場所にジャーナリストとして入るのであれば『取材証』を身につけるべきだったのではないか」

 ファウラーの元には、オバマの支持者らから「オバマを貶める記事を書くため支持者を装っているのでは」など、非難のメールが届いているという。

 ファウラーが登録するハフィントン・ポスト内の「オフ・ザ・バス(Off the bus)」を立ち上げたジェイ・ローゼンは他メディアの取材に次のように話している。

 「こういう問題が起こる可能性は話し合っていたが、これほど大きな波は予想しなかった。ジャーナリストとしてではなく、政治に参加する市民として、見聞きしたものを報道する権利がある。市民記者を信用して正確であれば掲載する」

  ◇

 討論会が行われる朝、ニューヨーク・タイムズは「ビターゲート」に絡んで社説を掲げ、「度を過ぎたオバマとクリントンの中傷合戦は、国民にとってなんのメリットもない。両候補には今夜の討論会を機に、政策や国の未来について語り始めてほしい」と諌めた。
 しかし、中傷合戦の源とも戦場ともなり、それで潤っているのもまた、新旧様々なメディアなのだ。

(敬称略)

(記者:佐藤 美玲)

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