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2008年04月16日(水) 16時59分

「漫画トレースもお互い様だが……」 竹熊健太郎氏が語る、現場と著作権法のズレITmediaニュース

 「漫画家にとって、恐ろしい時代だ」——ネット上ではここ数年、漫画の「トレース疑惑」の検証が盛んだ。別の作家の漫画から似た構図のコマなどを見つけてネット上に公開。「盗作」と騒動になれば、出版社がその漫画を絶版にすることもある。

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 だが漫画界では、作家同士の模倣はよくあること。ほかの作品を参考に描くことも、暗黙のうちに認められてきたという。同人作家による2次創作も黙認され、“グレーゾーン”から多くの作品が生まれてきた。

 漫画の編集実務に詳しい編集者・文筆家の竹熊健太郎さんが4月15日、「著作権保護期間延長問題を考えるフォーラム」(ThinkC)が開いたパネルディスカッションに参加し、模倣やトレースの事例を紹介。「漫画制作の現場は法律ではなく、慣習で動いている」と現状を説明した。

 パネルディスカッションには、北海道大学大学院法学研究科教授の田村善之さん、弁護士でクリエイティブ・コモンズ・ジャパン専務理事の野口祐子さん、評論家の山形浩生さんも参加。それぞれの立場から意見を述べた。

●手塚治虫とディズニーの“パクりあい”

 手塚治虫さんの初期の作品には、ディズニー作品からの“パクり”が多くあったという。竹熊さんが紹介したのは、1949年に発表された漫画「メトロポリス」に登場するネズミの怪物「ミキマウス・ウォルトディズニーニ」だ。その名の通り、名前も見た目もミッキーマウスだ。

 逆にディズニーが手塚作品を“パクった”という疑惑もあった。「ライオンキング」は「ジャングル大帝」のパクリではないか——ディズニーがライオンキングを公表した際、そんな議論が盛んになり、日本の漫画家はディズニーに抗議しようと署名活動などを始めた。

 だが手塚プロの社長が「天国の手塚治虫も、ディスニーに影響を与えたことに光栄に思うだろう」とする声明を発表。ディズニーに対して法的な行動は取らないと意思表示した。竹熊さんはこの判断の背景に、手塚さん本人がディズニー作品からかなり“パクって”いたことがあると見る。

 「メトロポリスのような作品をディズニーが問題にしたら、メトロポリスを含む全集が絶版になってしまう可能性がある。これは手塚初期の代表作であり、名作。作品としての価値はある。著作権と作品の価値がぶつかった時、歴史的に重要な名作が出せなくなるのは、文化的な損失ではないか」

●トレースは漫画の技法だが…… 「エデンの花」絶版回収問題から

 作品の模倣や盗用が、一般のネットユーザーによって次々に発見されるようになった。「今は漫画家にとっては恐ろしい時代。ネットの複数の人間がよってたかって検証を始め、あっという間に元ネタが丸裸にされる。全体をみると価値がある作品でも、一部が模倣やトレースだとネットでは盗人扱い。人間性まで否定されるくらいバッシングを受ける」

 漫画界に大きな衝撃を与えたのは、末次由紀さんの漫画「エデンの花」のトレース疑惑。エデンの花の構図や絵に、「スラムダンク」(井上雄彦著、集英社)からの盗用が多く見つかったため、講談社は彼女の過去の全作品を絶版にすると発表した。きっかけは、検証サイトによる“告発”だった。

 「過去の作品まですべて絶版にするという講談社の処分は、漫画界からの追放と同義。あまりに厳しすぎるのでは」と竹熊さんは指摘する。「構図や絵のトレースは、ほめられたことではない話かもしれないが、漫画の歴史にはざらにある話。末次さんはちょっと極端にトレースはしているが、この人がだめならあの先生はどうか、ということになる」ためだ。

 その後、スラムダンクもNBAの公式写真集から構図を“パクって”いるというトレース疑惑が浮上。検証サイトが作られた。「写真のトレースは、70年代から漫画の基本的な技法として定着している。劇画系の写実的な漫画はほぼ100%、元の写真があるもの」

 そもそも、元ネタがない創作は原理的にありえないと竹熊さんは指摘する。「『2001年宇宙の旅』のスタンリー・キューブリック監督は、宇宙人をデザインする際『地球上では見たことのない生物を』と世界中の画家に頼んだが、オリジナルな生物は誰も思いつかず、既存の生物のしっぽと頭の組み合わせ、といったものばかりだった。創作は知っている物の組み合わせ。オリジナリティーで胸を張るのは結構だが、あんまり過剰に主張するのはどうかなと思う」

●編集者は裁判沙汰を避けたがる

 漫画家同士の模倣は本来、表沙汰にならないことが多く、ほとんどのケースでは警察沙汰にも民事裁判にもならないという。理由はお互い様だから、そして「裁判沙汰だけは避けたい」と考えているからだという。

 「問題が起きたら菓子折りを持って飛んできて、裏で示談で丸く収めるのが優秀な編集者」——「エデンの花」のケースでも、“パクられた”井上さんからのクレームはなかったようだ。

 ただ、そうやって裁判沙汰を避けるのも問題だと竹熊さんは指摘する。「判例がないからまた同じことを繰り返すという不健全な状態。裁判して判例が出た方がいいんじゃないかとも思うが、出版社からするとうやむや、グレーなままでいってほしいようだ」

●現場は、法律ではなく慣習で動いている

 著作権について正面から話すこと自体、出版界ではタブーだという。「漫画界や出版界は、法律論とは別の所、慣習で動いていて、現場と法律の齟齬(そご)はよく実感する。『これはなんとなくまずいだろう』という慣習をベースにした判断基準があるが、出版社によって違うし、人によって違っていい加減」

 作家も編集者も著作権法を知らないと話す。「転載と引用の区別について編集者50〜60人に聞いたことがあるが、はっきり知っていたのは、2〜3人だった」

 出版界のあいまいさは、悪いことばかりではないという。「僕は、本を出す前に出版契約書を交わしたことが1度もない。契約書を最初に交わすと縛りになり、締切を守らなくてはならなくなったりするが、僕は原稿が遅いから、本が出てから契約することによって救われている。それがいいこととも思わないが、現場はフレキシブルに動いている」

●コミケは黙認だが、同人作家が逮捕されることも

 同人誌が発達し、コミックマーケット(コミケ)の参加者が増えている。竹熊さんによると、そこで販売されている同人作品の8〜9割は、アニメや漫画のパロディ(2次創作)だという。2次創作は、元ネタ作家に無断で作成・販売しているケースがほとんど。元の作家や出版者の権利を侵害していることになる。

 だが出版界は同人誌を黙認している。「まず、数が多すぎてとてもじゃないがクレームを付けきれないのと、『パロディ化されるのは人気の証拠』と考えているから」

 パロディから出た同人作家が、オリジナル作品を作り始めるケースも多い。また、商業誌でオリジナルを描きながらパロディ同人誌を出し続ける作家もいる。

 ちなみに「パロディという言葉は、昔の使われ方と変わっている」と竹熊さんは指摘する。「70〜80年代には有名な原作の権威を笑う、批評的なものがパロディだったが、コミケのパロディは原作に対する愛情の表明で、オマージュだ」

 同人誌作家が著作権法違反で逮捕された例もある。99年、「ポケットモンスター」の18禁同人誌を作っていた作家が逮捕された。告訴したのは任天堂で、小学館は動かなかったという。「出版社は、著作権絡みの裁判を自分から起こすのを避ける傾向があると思う」

●2次創作を容認する企業も

 ユーザーによる2次創作を容認するコンテンツ企業も出始めている。「美少女ゲームメーカーは、同人誌などゲームのキャラクターを使った同人活動を積極的に奨励している。意識を変え始めた企業が増えている」

 竹熊さんは、クリプトン・フューチャー・メディアの「初音ミク」にも言及。初音ミクを使って作られた楽曲作品が日本音楽著作権協会(JASRAC)に登録された際、同社の伊藤博之社長がブログに「初音ミクを当社がJASRACに登録することはあり得ない」と書き、ミクの自由な利用を認めていることを紹介した。

●グレーはグレーのままでいいのか

 漫画出版や同人誌の世界は“グレーな”状態のまま回り続けている。クリエイティブ・コモンズ(CC)の野口さんは「グレーなままでやっていけるなら、わざわざ白黒付ける必要はない、という意見もあるが、グレーと言われているものは、出る所に出れば黒だ」と指摘する。

 「違法でも見つからない、問題にならないのがグレー。そのままだといつ人に刺されるか分からないし、どんなにいい作品でもメジャーでは売れない」(野口さん)。境界をクリアにし、合法化していく作業は必要と話す。

 田村さんは「グレーをホワイトにしようとすると立法問題になり、ブラックにする方向の動きが必ず出てくる。ブラック寄りの人のほうがロビーイングパワーが強いから、ルールはブラック寄りになってしまうだろう。フェアユースのように、司法で解決するための仕組みを作る努力が必要だろう」と話した。

 山形さんは「想定していなかった利用がグレー分野になる」と指摘。「PC上で人格が作れるようになった場合、どうなるだろうか。例えば、僕のような文章を自動生成するジェネレータで作った文章を、僕の声をサンプリングしてリアルに発生できる音声合成で読み上げた場合、その文章の著作権はどうなるのだろうか」という思考実験を披露。技術の進化に伴い新たなグレーゾーンもできてしまうことを指摘した。

●人格権と財産権の“グレーゾーン”

 竹熊さんは「著作権の人格権と財産権が現場ではごっちゃになっている」と話す。森進一さんが歌詞を改変して歌ったと問題になった「おふくろさん」について、日本音楽著作権協会(JASRAC)が見解を発表したことについて「JASRACは財産権を管理する団体で人格権を関知しないはずのに、人格権の問題で動いた」と指摘する。

 「出版の世界でもJASRAC的な機能を持った集団を作るべき」という議論もあるという。「JASRACはいろいろ批判もされるが全部金で解決でき、金さえ払えば使える点がいい。だが人格権が入ってくると感情として『使われたくない』と言われ、どうしょうもなくなる。漫画評論でも、サザエさんなど『この作品のキャラはわが子同然だから使われたくない』と言われることが、現実には多い」

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