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2008年04月13日(日) 12時00分

【明日へのセーフティーネット】再生の手がかり(3) 高齢受給者産経新聞

 ◆「誰かの役に立つこと」模索

 「おいらの釜のまち、あおぞら、はれぞら、ゴミのまち…」。大阪市西成区のあいりん地区、通称「釜ケ崎」を拠点に活動する平均年齢73歳の紙芝居劇団「むすび」が平成19年12月22日、大阪市内のフリースクールで新作を発表した。16年に結成された「むすび」のメンバーは7人。全員が生活保護を受けて西成周辺で生活している異色のグループだ。新作の作品名は『おじちゃんたちのロンドン珍道中』。メンバーたちが、19年7月にロンドンで開催されたホームレス経験者らの国際芸術祭に招かれ、公演にこぎ着けるまでを紙芝居に仕立てたドキュメンタリー作品だ。

 むすびのメンバーは日雇い労働やホームレスを経験した人も多い。全員がさまざまな事情で全国各地から西成に集まり、老後をこの地で過ごしている。

 日本最大の日雇い労働者の街といわれ、高度成長期を支えた西成・あいりん地区。今は、ここで暮らす労働者たちが高齢化し、労働者の街から生活保護の街へと姿を変えつつある。自立支援を前提とする生活保護といっても、大阪市では65歳以上で事実上、就労による自立は困難とみなされ、ケースワーカーによる自立支援もほとんど行われなくなる。

 このことが、高齢の受給者たちの孤立を強めている側面がある。かつて休みなく働いた労働者であっても、今は保護費を受け取るだけの現状に、「年金保険料も十分に支払わず、年を取って生活できなくなると生活保護では納得できない」という厳しい見方があることは、受給者自身が身にしみてわかっている。一方で確実な収入源として受給者たちを狙うヤミ金融業者らもいる。こうした状況は、老いた受給者から「誇り」を奪い取っていく。

 「誰と話すこともなく暮らしていくというのは苦しいことです。なにもかもが面倒になって、ふとんをかぶってずっと寝ていたいと思ってしまう」と、むすびのメンバーの中井倖司さん(76)は語った。

 こうした状況で、むすびの活動はそのグループ名の通り、孤立しやすい生活保護の受給者たちを社会に結びつける役割も果たしている。

 グループ結成以来、むすびの活動はたびたび危機に直面してきた。当初、活動を支援していたNPOのスタッフは突然、姿を消した。ロンドン公演作品『文(ぶん)ちゃんの冥土(めいど)めぐり』の絵を描いた西陣織の帯の絵付けをしていた元職人も酒で体調を崩し、いまは所在もわからない。年齢とともに、健康状態が悪くなるのは、他のメンバーも同じだ。行政などからの助成金頼みの現状では、来年以降の見通しは立っていない。いま、活動を支えているのは、「自分たちの活動が人に認めてもらえる。自分も誰かの役に立つことができるかもしれない」というメンバーの手応えだ。

 19年7月28日夜、小雨交じりのロンドンでの公演は、大盛況のうちに終了し、夢のような日々は終わった。

 ロンドン珍道中を描いた新作は、こう締めくくられた。

 「これで役目は終わったなあ」

 「たのしかったなあ。でも明日はまた飛行機か」

 「また西成か」

 初演とあって、たびたびせりふに詰まる場面もあった新作公演だが、会場を埋めた約30人の観客は笑顔で拍手を送った。メンバーの1人、中山進さん(65)は「この年になってもまだまだ発展途上。これからもバージョンアップしていきます」と、観客に頭を下げた。

 どのような状況になっても、人が人として生きるためには、社会のなかで何らかの「役割」が必要だ。そして、それは探せばきっと見つかる。かつてと比べて、格段に明るくなったむすびのメンバーたちの表情は、それを証明しているように見える。

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