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2008年04月13日(日) 12時02分

【明日へのセーフティーネット】再生の手がかり(4) ビッグイシュー産経新聞

 ◆社会との「絆」自ら回復

 ホームレスの人たちが販売員となって路上で「ビッグイシュー」という雑誌を売る事業がある。社会復帰を自らの力で成し遂げてもらうことに主眼を置いた取り組みだ。

 販売員が1冊300円の雑誌を仕入れ、売れば160円が販売員の収入になる。現在の1日の平均販売冊数は1人20〜25冊。立ちっぱなしの販売作業は楽ではないが1日20冊販売すれば、野宿ではなく、屋根のあるところで眠る目途(めど)が立つ。

 彼らが売る「ビッグイシュー日本版」は、19年9月に発刊4周年を迎えた。国内では大阪が創刊の地で、12都府県で販売するまでになっている。これまで669人が販売者に登録、58人が再就職するなどして自立している。50歳代が多いが最近は若い販売員も増えている。

 販売員の石田誠さん(35)の持ち場は、大阪市都島区の京阪京橋駅だ。

 19年11月のある日、小ぎれいな格好をした40歳前後の女性が石田さんに近寄り、「私、こんな服を着て、普通に見えるかもしれないけど、心はぼろぼろなのよ」。雑誌の代金300円を払って、「雑誌はいらない」と言う。

 「とにかく持って帰って読んでください。それでよかったら、また買ってください」。石田さんは押しつけるように雑誌を渡し、送り出した。

 「ここに立っていると本当にいろいろな人と会います」。毎週のようにおにぎりを差し入れてくれる中年女性がいる。「若いのにこんな仕事ではだめだ」と説教されることもある。サラリーマンのほとんどは無関心だ。

 石田さんは、左半身にまひが残る障害を持って生まれ、生後まもなく名古屋市内の児童養護施設に預けられた。母親の顔は知らない。15歳で施設を出て牧場に就職した。その後、誘われて就職した椅子(いす)製造会社で約10年働いたが、人間関係に悩み大阪に来た。ビッグイシュー販売員になるのは2度目。4年前、仕事を紹介されて一度卒業したが、3年半で戻ってきた。「この仕事は、ホームレスと普通に働く人の中間。でも雑誌を売っていれば、働いている、生きているという実感がある」と話してくれた。

 11月19日、石田さんは、貯金と先輩から借りた1万円を元手に、市内で月3万円のアパートに住み始め、路上生活から再び「仮卒業」した。「仕事と暮らしの拠点の両方があって初めて自立だと思います。なんでもいいから、次の仕事を見つけたい。苦しくても今度はしがみつきたい」。実はいま、好きな人がいる。

 ロンドンで最初にこの事業を立ち上げたジョン・バード氏は、その理念を「人々が政府からの援助を受けるのは、まるで最悪のホテルにチェックインするようなものだ。政府の限界は皆に同じように与えるということ。それによっていくらかの人々を助けることができるが、ほとんどの人々は同じ所にとどまるか、より悪い状態におちてしまう。そして自分に責任を持てない人間をつくり出す」と説明している。

 ビッグイシュー日本版の佐野章二代表は「雑誌を売り始めて1週間続けると顔つきが変わる。1カ月で服装が変わる。半年で販売員になる。1年も続くと他の仕事にも変わっていける。お客さんとのやりとりで、社会とのつながりを回復する効果は大きい」と事業の果たす役割を話す。

 大阪・キタの阪神百貨店前、歩道橋を担当する販売員で元司書の濱田進さん(56)は「いったん売り場に立った以上、われわれは販売店主なんです。最初の1冊が売れるまでいつも不安ですが、常連さんもつくようになって、世間は捨てたもんじゃないって思えるようになりました」と語った。

 自立とは、「自らの力で生活を立てているという『自覚』と『誇り』」。そんな信念に基づくビッグイシューの挑戦は、自分自身のなかに「心のセーフティーネット」を構築し直してもらうという取り組みといえるかもしれない。

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