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2008年04月13日(日) 12時00分

【明日へのセーフティーネット】再生の手がかり(2) 扶養義務産経新聞

 ◆広がる安易な責任回避

 「親族が生活に困窮され、生活保護を申請中です。あなたの資力に応じて、できる範囲内で扶養援助をしていただきたい」。もし音信不通の叔父・叔母や、トラブル続きの兄弟らについて、市役所や町役場から突然こんな文書が送られてきたら、あなたなら、どうするだろうか。

 生活保護では、申請が受理されると、親、子や兄弟姉妹、叔父、おいなど3親等内の親族に扶養できないか照会を行うことが義務づけられている。「扶養照会」と呼ばれる手続きで、親族には冒頭のような通知がくる。

 申請者へ援助の選択肢は(1)引き取って扶養する(2)引き取ることはできないが、全面的に生活の面倒を見る(3)毎月仕送りをする(4)毎月物品を援助する−の4つ。扶養自体を義務付けているわけではないが、扶養できないと回答する場合は、理由を書くことになっている。

 窓口担当者の実感では、扶養照会を受けた親族の反応でもっとも多いのは「怒る」だ。生活保護を受ける人は、それまでに借金などをめぐって何らかのトラブルになっている場合が少なくないからだ。扶養照会を受けた親族は「借金の肩代わりもしている」「自分にも余裕がない」と不満を隠せないケースも多い。「縁を切ったから関係ない」と訴えることもあるという。

 逆に、生活保護を申請する人にとっても、最も抵抗感があるのが扶養照会だといわれる。当事者も親族の厳しい反応が分かっているからだ。生活保護申請を親族に知られたくないと思う「恥の意識」が、受給者の伸びを抑えているという分析もあるほどだ。

 それでも、なかには「行方しれずになっていた肉親の消息がわかった」と、感謝されることもある。月1万円でも「仕送り」の回答が返ってくると「ほっとする」と、ケースワーカーは話す。

 一方、生活保護世帯が増えるにしたがって、生活保護の責任や負担を回避したいという傾向は、自治体の間でも強まっている。

 「うちには適当な施設がない。大阪まで行ってそこで相談するのが一番だ」。大阪市の担当者は、ホームレスの男性が、近畿地方のある自治体の窓口で「片道切符」を渡され、実際に「大阪駅まで来た例があった」と憤る。

 国と地方の間でも、せめぎ合いが続く。平成17年には、生活保護費の75%を負担する国が、一部を地方に肩代わりさせる厚生労働省案を打ち出した。「国の責任放棄。地方への負担転嫁以外の何物でもない」と地方側は猛反発。この案は立ち消えになったものの、大阪市幹部は、今年11月に示された国の地方分権改革推進委員会の中間まとめを取り上げ、「今でも要注意だ」と警戒感を隠さない。

 中間まとめでは「現在の給付内容を国が責任を持つべき部分と地方が責任を持つべき部分とに分けて考えるべきだ」とする文言も盛り込まれている。これが、生活保護費のなかの住宅扶助や、教育扶助部分の負担を地方に移そうとした17年の厚労省案の再現につながりかねないという。

 しかし、財政負担の割合が、国や自治体にとっていくら重要でも、国民にすれば、生活保護が公金で運営されているという事実は変わらない。

 親族の扶養義務について、ケースワーカー経験者は「受給者と親族の関係修復の可能性がわずかでも残されている限り、照会は行うべきだ」と言う。仕送りがたとえわずかであっても、受給者にとって、肉親との「きずな」という金額以上の意味を持つことがあるからだ。

 安易な責任回避や、負担の押し付け合いだけでは根本的な状況の改善にはつながらない。重要なのは生活保護を受けざるを得ない人と社会の間に「きずな」を再構築することではないだろうか。

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