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2008年03月25日(火) 00時00分

娘への接し方読売新聞

父親の暴力影響か
能代市の実家で、鈴香被告は「私も子供を亡くして疲れている」と語り、取材を拒んだ(2006年5月19日撮影)

 「食べ方が悪い」。まだ幼かった畠山鈴香被告(35)を、父は突然、拳で殴った。親類の子供たちが鈴香被告の自宅に集まり、一緒に夕食を食べている時だった。その場に居合わせた子供は驚いて、「鈴香のお父さん、怖い」と話した。

 鈴香被告の親類は、被告が子供のころに父から受けたその暴力シーンをはっきりと覚えている。親類は、父のことを「あの男」と呼んだ。「あの男は酒は飲まない。しらふで暴れるから怖いんだ。怒り出すと手が付けられない。鈴香の母親と一緒に、かなりの暴力を振るわれていた」と語る。

 鈴香被告が事件を起こした後、被告の両親は離婚した。父の暴力のすさまじさについて、被告の母は公判でこう証言している。

 「言葉尻をとらえて鈴香にあたった。(暴力が)ひどくなったのは中学校から。教育方針とかしつけとかはなかった。暴力を振るうときだけ鈴香に接触するようなものでした」

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 鈴香被告は、長女彩香ちゃん(当時9歳)が7〜8歳だった2004〜05年、能代市の精神科に通院していた。検察側が公判で明らかにしたカルテによると、鈴香被告は子育ての悩みを医師にこう吐露している。

 「子供が苦手、どう接していいか分からない。手をつなぐのも嫌。自分は親からたたかれて育ったが、子供にはそうしたくない。相談したが、親、友人からは理解できないというようなことを言われた」

 鈴香被告は、彩香ちゃんが1歳になる前に離婚した後、彩香ちゃんが小学生になるまで実家に預け、仕事に行っていた。

 判決でも、「被告は離婚後、彩香ちゃんが5歳になるころまで自ら話しかけることはほとんどなかった。仕事を辞めて、彩香ちゃんと過ごす時間が増えてからも、どのように接していいか分からなかった」と指摘している。

 鈴香被告は、精神科の医師にこうも打ち明けていた。「子供のことでイライラすることがある。子供に対してすぐ怒ってしまう。子供に当たり散らしてしまう。かわいいと思えない。子供以外に不満のはけ口がない」

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 昨年10月9日の期日外公判で、鈴香被告の友人の女性は、被告との次のようなやり取りがあったことを証言した。

 2005年10月、自動車が子供の列に突っ込み、死者が出る事故があったことを知った鈴香被告から、「彩香があの中にいればよかったのに」という内容のメールを受け取った。さらに、ほかのメールで「彩香に対し、かわいがりたいけど、かわいがれない」といった悩みを打ち明けられたこともあった。

 また、彩香ちゃんが3〜4歳のころ、鈴香被告は「彩香を愛せない。邪魔だ」などと言い、彩香ちゃんを弟に預けるか元夫に返すかして、「東京で働きたい」と漏らしたことがあったという。

 鈴香被告と交際していた男性は、10月1日の第3回公判でこう証言した。

 「鈴香被告は、彩香がいなければ就職しやすい。無理して引き取らなければ良かった。実家に養子に出して、栃木でも東京でも県外で働きたいと言っていた」

 このとき、男性が「そういうことは言ってはいけない。親子でしょう」とたしなめると、鈴香被告は「うーん、分かっている」と機嫌悪そうに答えたという。

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 判決では、彩香ちゃんに汚れの目立つ服を続けて着せたり、風呂に十分入れなかったりしたほか、ストレスのはけ口としてしばしば彩香ちゃんをどなったりしていたことを認めたうえで、「かわいがりたいけどかわいがれない、好きになれないと感じ、彩香ちゃんに疎ましさを感じることもあった」と位置付けた。

 影山任佐(じんすけ)・東工大教授(犯罪精神医学)は、「鈴香被告は二重人格に近い存在。彩香ちゃんを愛した彼女も本当なら、殺した彼女も本物。父親との関係が、人格障害に生々しく影響を与えている。ヒステリー性人格障害で、衝動的で精神が不安定。自分をコントロールできない。子供に愛情を持てず、接し方がわからない。それは、犯行動機にもつながっている」と分析している。

http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/akita/feature/akita1206076020175_02/news/20080324-OYT8T00653.htm