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2008年03月07日(金) 13時10分

言葉じりで記者を訴える権力者の乏しい発想オーマイニュース

 『日興証券には安倍事務所にすごく強い常務がおられて、その人が今度これをやって将来社長だなんていう噂がね、ありますよ』

 ……という5秒足らずのコメントのために、名誉棄損で訴えられた朝日新聞(be編集部)記者・山田厚史氏と、支援にあたったフリージャーナリストの二木啓孝氏が6日、日本外国特派員協会(FCCJ)で会見し、2月末に和解にいたるまでの過程と、同訴訟がはらむ問題点について語った。

 上記コメントは、2007年3月25日に放送されたテレビ朝日系『サンデープロジェクト』に出演した山田氏が、日興コーディアル証券の粉飾決算事件に関して発したもの(カッコ内は山田氏提供資料のまま引用)。

 巨額の粉飾決算が組織ぐるみで行われていたことが明らかになったにも関わらず、上場廃止と刑事責任を免れた不思議については、ときの安倍首相の同窓生が同社常務だったこととの関連が月刊誌などで指摘されていた。山田氏はそれらの報道を踏まえて番組内で発言し、ほかの出演者らも同様の指摘をしていた。

 しかし同年5月17日、山田氏と、氏の所属企業である朝日新聞社は、名誉棄損で東京地裁に提訴される。

 名誉を傷つけられたとしたのは、件の日興常務ではなく、なぜか安倍前首相の秘書3人。普通こういう場合は、放送したテレビ局と番組を訴えるものだが、このときは「まるで安倍事務所にいる私たちが不正を行っているかのようだ」として、コメンテーターの1人に過ぎない山田氏と朝日新聞に、1人あたり1100万円、計3300万円の損害賠償と、朝日新聞紙上での謝罪広告を求めた。

 その後まもなく安倍氏は首相を退いたが、訴訟は続いていた。5回の口頭弁論を経て、安倍事務所側から和解の提案があったのは2008年に入ってから。山田氏によると、『発言の中に原告らが誤解を抱く表現があったとすれば大変遺憾に思う』という一筆を書いただけで、謝罪を求められることもなく、訴訟が取り下げられたのだという。

 元首相と朝日新聞の争いにしては何だか食い足りない提訴理由と顛末だが、朝日新聞社が社の分しか訴訟費用を負担せず、山田氏の分は負担しなかったというのも、ちょっと驚く経過ではある。そのとき支援にあたったのが二木氏。ジャーナリストらを組織して、経済面でサポートした。

 「山田さんは子どもっぽいところがあって、当初和解案には抵抗を示していた。『安倍サイドに謝らせるまで頑張る』と主張していた」

と苦笑混じりに明かした二木氏は、同訴訟は、政治家が瑣末(さまつ)な言葉じりをとらえて、権力で言論を封じ込めようとしたものだ、と解説。

 「和解は、半年経って『もう誰も覚えていないからいいや』という発想から提案されたのだろう。(首相という)日本で一番の権力者が、権力を以て、気に入らない言論をつぶそうとしたこと自体が非常に問題」

 「訴訟は和解で解決したが、取材者と取材対象者の関係についても、大きな問題を残した」

と、同訴訟がはらむ問題を指摘した。

 山田氏もまた、言論の自由に対する日本の政治家の発想について問われ、一般化はできないが、と前置きしながら、

 「嫌なことを書かれるのは拒否する、という感じはある。自分をよく書いてくれる人と付き合う。その場の空気を悪くするような質問をする記者は遠ざけられ、自分と同調できる思考回路を持つ記者とだけ付き合うということはあると思う」

と指摘。言論の自由に対する発想力の乏しさによって、取材者(記者)と取材対象者(政治家)のあいだに緊張感がなくなり、記者を抱えるメディアの腰も砕けている現状を危惧した。

(記者:軸丸 靖子)

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