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2008年03月06日(木) 00時00分

(7)新ウイルス 「壁」すり抜け読売新聞


企業向けのネットセキュリティーを請け負う「ラック」の監視センター(東京・港区で)=源幸正倫撮影

 「電子カルテのシステムが立ち上がらない」

 昨年9月5日朝、外来患者の受け付け開始を控えた千葉大付属病院(千葉市)の各診療科から、高林克日己(かつひこ)・企画情報部長の電話に緊急連絡が殺到した。

 原因はウイルスの感染だ。システムにつながるパソコン1200台がダウンした。カルテはバックアップされていたが、システムが動かず、診療科は投薬や検査の指示を書類で行わざるを得ない。診療は遅れ、4時間待ちの患者も出た。

 発端は午前4時20分、看護師が人体図を探すため、中国の学術サイトを閲覧したことだとみられる。そのサイトには約60種類のウイルスが仕込まれていた。病院は大手メーカーの企業向けウイルス対策ソフトを導入し、メーカーが一括管理して最新版にバージョンアップしていた。それなのに感染したのは、「半数のウイルスはメーカーも把握しておらず、対応できなかった」(同病院)からだ。

 結局、すべてのパソコンのウイルス除去に1週間かかった。

 「業務で閲覧したサイトで、こんなことが起こるとは……」と、高林部長は戸惑いを隠せない。地域の医療機関をネットで結ぶ構想は、棚上げとなった。

 ネットの闇に潜むウイルス作成者。その姿が1月、京都府警の捜査で浮かび上がった。著作権法違反などの罪で起訴された大学院生の中辻正人被告(24)は、アニメの動画ファイルを装いウイルスを拡散させた。

 ファイル交換ソフト「ウィニー」などを通じ感染すると、パソコンからファイルなどが流出し、元のファイルは破壊される。感染したパソコンからは、デスクトップの画像を1秒おきに自分あてに転送させた。

 「パソコンが感染する様子が刻々と手に取るようにわかり、面白かった」と話す中辻被告は、典型的な愉快犯だ。ウイルスの名前に自分の姓を付けられた友人は「友達のいないタイプだが、そんなことをするやつじゃなかった」と驚く。

 だが、闇に潜むのはそんな愉快犯ばかりではない。

 インターネットセキュリティー会社ラック(東京)で昨年11月21日、複数の契約企業のサイトを監視するモニターが、外部からの侵入攻撃を知らせる警告で埋め尽くされた。1日で3万5000件と通常の10倍以上だ。侵入を許すとホームページが書き換えられ、ウイルスの仕込まれたサイトに誘導される。

 ラックはあらかじめ契約企業のサイトを診断し、プログラムミスがあった場合は修復していたため、実害はなかった。新井悠研究員は「誰かが同時多発で攻撃した可能性がある。実際に書き換えられた企業もあるだろう」と指摘する。

 「あなたのパソコンが迷惑メールの発信源になっているかもしれない」

 NTT情報流通プラットフォーム研究所の伊藤光恭主幹研究員が警告する。

 いったん感染すると、利用者も気付かないうちに、パソコンが悪意を持った第三者に操られてしまう「ボット」と呼ばれる悪質なウイルスのことだ。迷惑メールを一斉に送信したり、企業に接続して情報を盗み出したりする。2005年の調査では、国内で40万〜50万台が感染しているとされる。

 対策ソフト米大手のマカフィーによると、新たに作り出されるウイルスは毎日500種類以上に上る。急速に進むネット社会では、一つのウイルスで社会機能が止まる可能性すら出てくる。だが、備えは心もとない。

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