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2008年03月01日(土) 00時00分

(3)ゲーム感覚 悪意の増殖読売新聞


「祭り」に参加する時は、私生活とは「別の人格」を演じる東海地方の男性=田中成浩撮影

 「ネットは一人の知恵者が、他の999人に教えてあげる世界だ。人を操る喜びがある」

 首都圏に住むフリーターの男性は、ネット住人の心理をそう例えた。誰かの一言に、ネット上で集中砲火を浴びせ、ブログなどを「炎上」させることを「祭り」と呼ぶ。裏に仕掛け人がいることも少なくない。

 「最初にネタを投下した人は『神』と称賛される」と話すフリーターも、その一人だ。2年ほど前に自分で仕掛けた炎上について明かした。

 「これは燃えるな」

 関東の女性地方議員のブログを読んで、ほくそ笑んだ。目を付けたのは、性犯罪に巻き込まれる少女が増えていることを嘆き、<思春期に男子との接触が近くなりすぎている。(両性の自立と平等を目指す)ジェンダー教育こそ、性犯罪の起因になる>と書かれた部分だった。

 ジェンダー教育と性犯罪に因果関係があるという確たる証拠はない。仕掛け人としての経験では、事実関係があいまいなことを断定的に書くブログは「火をつけると燃えやすい典型」だ。

 自分が匿名で開いているブログで批判的に取り上げると、すぐにネット掲示板に転載され、女性議員のブログには非難のコメントやメールが殺到した。中には、「男にこびている」という中傷や、「次の選挙で落選させる」といった脅迫めいた内容まであった。

 仕掛け人が投下したネタに群がる人たちは、時に他人を寄ってたかってたたくこと自体を楽しんでいるように映る。

 東海地方に住む男性会社員(29)は、祭りに加わる理由を「自分たちの行動が社会現象を起こし、相手を謝罪に追い込むこともできる。単純に面白い。ゲーム感覚? そうかも知れません」と話した。

 IT企業に勤め、妻子と3人暮らし。職場や家庭では温厚で声を荒らげることもない。だが、ネット上では「別の人格」になる。

 帰宅するとパソコンを起動し、祭りを物色する。見つければ、自分が匿名で開いているブログに「こんなバカがいます〜」などと紹介し、騒ぎをあおる。相手の名前や住所をさらしたこともある。

 会社員は、ネットで不用意な発言をすれば「炎上して当然」とあっけらかんと言う。互いに顔が見えないから、過激な書き込みに抵抗がない。

 首都圏の男性会社員(21)も祭りの常連だ。騒ぎを知れば便乗し、「うぜぇ、カス」「しねwww」と書き込む。「w」はネットの掲示板では「笑」の意味だ。「相手への怒りも正義感も全くない。人の不幸は楽しいでしょ」

 東京都内で2年前に起きた当て逃げ事故では、被害者が車載カメラに残っていた逃走した車の映像を動画サイトに投稿すると、すぐに所有者の男が割り出された。ネット掲示板には男の名前や勤務先がさらされ、警視庁は投稿の約2か月後に書類送検した。無数の人を結びつけるネットの威力が、こうした結果を生むこともある。

 ネット事情に詳しいジャーナリストの井上トシユキさんは「もともとネットユーザーの世界には、市民が連携して不正を暴こうという意識があったが、最近はストレスのはけ口のような印象だ」と警告する。

 「道具」であるネットには善も悪もない。だが、一人ひとりの「小さな悪意」は、ネットを介することで簡単につながり、暴走する危うさもはらんでいる。

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