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2008年02月27日(水) 00時00分

②墓場の「我が家」で残業読売新聞

セル画1日30枚 きついノルマ
1958年10月に公開された「白蛇伝」。青年と白い蛇の化身である女性(東映アニメーション提供)

 麻薬捜査官からアニメーターに転身した大塚康生さん(76)は1956年から2年余り、墓場に住んだ。

 豊島区の都立雑司ヶ谷霊園。麻薬Gメンを辞める時、同僚から「家賃がただの下宿がある」とささやかれた。霊園のほぼ中央に立つ管理事務所には10畳の部屋がある。同僚は都職員の友人から、警備員代わりに住んでくれる人を探すよう頼まれたのだという。「怖くないぞ、幽霊なんか」。若さに任せ、墓場の中に布団を運び入れた。

 東映動画(練馬区)では、日本初の長編アニメ『白蛇伝』の制作が追い込みに入っていた。帰宅はいつも深夜。ふらふらとした足取りで墓場に入ろうとすると、たびたび警官から呼び止められた。「どこへ行くんだ。待ちなさい」。墓荒らしと思うのか、疑いの視線が突き刺す。「あそこに住んでます」。指を差して説明しても、信じてもらえない。その度に、カギを開けて警官を下宿に案内した。

 泥棒の方がまだまし、と思ったことも。「キャーッ!?」。カップルが茂みから飛び出してくる。幽霊に間違われたと思ったが、違った。「いやらしい、この人」。もうこりごり、痴漢と思われるのは。

 昼はナマズとにらめっこしていた。会社の作画室の隅に水槽を持ち込み、動きを観察した。目は睡眠不足で充血していた。セル画のノルマは1日約30枚。残業で間に合う作業量ではなく、土日も下宿に持ち帰った。

 しかし自分の絵に納得できず、次々に破り捨てる。大ナマズが巨体を揺すって海を荒らす場面だ。ナマズは主人公の青年の味方。恋が成就するように、洪水を起こして邪魔者の和尚の家を壊そうとする。クライマックス手前の重要なシーンだった。

 水槽のガラス越しに、ナマズの目を鉛筆でツンツンとつついた。58年夏。締め切りまで残り数日——。

■セル画■ キャラクターを透明なセルロイドに描いて作る。ディズニーの作品は1秒間に24枚を使い、なめらかな動きで観客を魅了した。日本では1秒間に8枚か12枚の省略型が浸透。その分を構図の工夫や静止画で補い、独特の豊かな映像表現を発達させた。白蛇伝(79分)には計8万枚が使われている。

http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/tokyo23/feature/tokyo231203958795871_02/news/20080227-OYT8T00104.htm