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2008年02月22日(金) 15時12分

ボクサー、会社員殴り罰金刑 鍛えた拳、夢壊した朝日新聞

 昨年12月末、東京・上野駅で男性会社員(41)を殴り重傷を負わせて逃げた末、傷害容疑で逮捕されたプロボクサー坂本大輔選手(26)は罰金50万円の略式刑を受け、現在は謹慎の日々を送っている。事件では相手も酔って暴行を加えた事実が明らかになり、批判の一方で同情も寄せられた。だがあの晩、彼はそれまで積み上げてきた多くのものを失ってしまった。

自宅アパートで謹慎する坂本大輔選手。使わなくなったグローブは、ホコリに包まれていた=東京都豊島区で

 12月21日午後11時半ごろ、上野駅不忍口。

 スーパーライト級の日本ランカー挑戦試合をひと月後に控え、坂本選手は練習を終え、バイトに向かう途中だった。

 警視庁の調べでは、改札付近で坂本選手と会社員がぶつかったのが発端だった。そのまま行こうとした坂本選手を会社員が呼び止める。長身の会社員が改札を乗り越え、坂本選手の襟首をつかんで引きずった。しばらくもみ合った末、坂本選手が相手を振りほどき、右拳で相手のあごを直撃——。一部始終を防犯カメラがとらえていた。

 坂本選手は引きずり回されている間、取り囲んだ人垣から「この人助けてあげて」と声が聞こえたのを覚えている。手を引きはがした時、ビリッとジャケットが破れたような音がした。

 見下ろすと、床にちぎれたネックレスが落ちていた。ボクシンググローブ形の銀色のペンダントヘッドは、7年前に交際していた女性からもらったものだった。

 怒り、恐怖、「これ以上やられたら」。気がつくと相手は白目をむいてひざを落としていた。駅の外へ走り出し、タクシーを捕まえた。相手の容体は気にはなった。だが逃げた時も殴った時も、頭にあったのは自分の試合のことだった。

   ■   ■

 坂本選手は事件後も練習を続けた。5日後、会社員が1カ月の重傷だったことを新聞で知った。防犯カメラが記録した自分の姿も載っていた。

 胃が痛み、39度の熱が出て練習を3日休んだ。1月5日の昼前、刑事が東京都豊島区の自宅に訪ねてきた。涙が一気にあふれ出し「すみません」と頭を下げた。

 留置場では後悔で眠れなかった。

 デビュー4戦目で日本ランカー挑戦へと駆け上がった。お笑いの学校に通ったほどの明るい性格で、ファンも増えていた。打ち込まれてもダウンしたことはなく、忍耐強さに自信があった。そのすべてを自分の手で壊した。タイムマシンがあればと思った。

 逮捕から11日後、略式裁判で罰金刑を受けた。暴行の容疑で書類送検された会社員は起訴猶予となった。罰金50万円は、千葉県から迎えに来た母親の真美子さん(62)が支払った。東京地裁の窓口でお札を一枚一枚数える後ろ姿を見て初めて、多くの人を、ボクシングを、裏切ったことに気付いた。また涙が出た。

   ■   ■

 現在は日本ボクシングコミッションの処分を待つ。所属ジムには「一般人に拳を上げたらボクサーは終わり」という批判の一方、励ましも多く届いた。ジムは当面の謹慎を命じたが、「再起のチャンスはある」とする。

 高校ボクシング部の恩師小林信次郎さん(59)は「試合終了のゴングでボクサーは抱き合って親友になれるが、リング外での殴り合いからは何も生まれない。同情に期待せず、一人で時間をかけ反省すべきだ」と話す。釈放後、謝罪の電話をかけてきた坂本選手に「大変だったな」とだけ告げて、切ったという。

 1月28日の試合にはジムの同僚が急きょ出場、TKO勝ちを決めた。応援に行くことも止められた坂本選手はその夜、アパートで一人過ごした。4畳半一間の部屋は留置場のように狭く、冷たく感じられた。 アサヒ・コムトップへ

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