記事登録
2008年02月14日(木) 09時40分

【溶けゆく日本人】放置自転車「どこに止めようが自由でしょ!」産経新聞

 ■「駐輪は無料」の認識
 都営地下鉄の駅周辺は放置自転車であふれかえっていた。ここは東京都練馬区光が丘。放置自転車が多いと聞いて訪ねたが、想像以上の数に驚かされた。もちろん一帯は駐輪禁止。東京都などによると放置自転車は多い時で約4000台になるという。

図と写真でみる「増える自転車」

 時刻は夜8時。歩行者優先道路であっても、家路を急ぐ人たちは放置された自転車のために真っすぐに歩くことができない。スーパーの出入口は放置自転車でふさがり、利用者は回り道を余儀なくされている。駐輪場は徒歩で数分、自転車なら数十秒の距離にあるのだが…。
 駐輪禁止の看板の前で、自転車のロックを外す女性を見つけた。自分の自転車がたくさんの自転車に囲まれて出しにくくなっているのに憤慨している様子だ。
 思い切って声をかけてみた。
 「近くに駐輪場があるのに、なぜここにとめるのですか?」
 「なんであんたにそんなことを言われなきゃいけないの! どこにとめようが私の自由でしょ」
 いきなり“逆ギレ”の言葉を浴びせられた。女性はおかまいなしに周囲の自転車をどけて走り去った。どかされた自転車は歩道に無造作に置かれたままとなった。
 別の女性会社員(39)は質問に答えてくれた。朝7時半過ぎ、約1キロ離れた自宅から長男(5)を自転車に乗せてここまで走り、スーパーの前に自転車を横付けし、保育園に子供を預けて出勤。夜7時前後に駅から徒歩で長男を迎えに行き、スーパーで買い物。自転車の前かごに買い物袋、後ろに長男を乗せて帰宅。長男が3歳の時、一戸建てを購入し、車は住宅ローンがきついため手放した。徒歩だと子供連れでは自宅まで20分はかかる。
 駅の隣に有料駐輪場があるのも知っているが、「1回100円? 撤去に4000円? 自転車にお金は払いたくない。駐輪場まで行くのが面倒だし」と悪びれた様子はない。
 近くに住む主婦(26)は「幼稚園に通う子供が、将棋倒しになった自転車に足をぶつけてけがをした。危ないし見た目も悪い。何とかしてほしい」と訴える。
        ◆◇◆
 都市部の駅周辺は『駐輪禁止』を示す看板をあざ笑うかのように、一日中、自転車が放置されている場所が少なくない。東京都青少年・治安対策本部の調査では、都内の放置自転車数のワースト5は(1)赤羽駅(2076台)(2)池袋駅(1807台)(3)大塚駅(1756台)(4)光が丘駅(1663台)(5)吉祥寺駅(1401台)。
 光が丘駅周辺は大型スーパーと50ヘクタール超の都立光が丘公園が隣接。駅前の一般道路は同区が条例で放置禁止区域を設け、放置自転車は条例違反として強制撤去し、返却手数料として1台4000円徴収する。だが、公園に通じる歩行者優先通路は都立公園の一部となり、放置禁止区域を指定できず、強制撤去も自転車返却の手数料徴収も原則としてできない。それだけに、地域住民のマナーがストレートに表れるともいえる。
 駅周辺で早朝や夕方、自転車整理をしている70代男性によると、整理中に「人の自転車に触るな」とののしられ、駐輪場に誘導しようとすると「うるさい」と一喝されることは日常茶飯事。スーパーのカートを押してきて、荷物を自転車の前かごに移し、自転車と“交代”とばかりに平然とカートを置いていく人も多いという。
 練馬区によると、駅周辺の区立の駐輪場は計4カ所で3300台分。多くは有料だが、自転車なら2、3分の場所に無料駐輪場も。満車は一時的で平均稼働率は約8割。同区の担当者は「撤去した自転車を取りに来た人は自分の違反は棚に上げて職員に『ドロボー』と怒鳴るんですよ」と嘆く。
        ◆◇◆
 放置自転車対策が進んでいる地域もある。
 東京都江戸川区は今年4月、東京メトロ東西線葛西駅前に、収容台数で国内最大の駐輪場をオープンする。また三鷹市は平成18年、8億円超をかけて、JR三鷹駅から徒歩3分の場所に、1700台収容の有料の地下駐輪場を新設した。すでに駅から徒歩10分以内に13カ所(約4400台分)の駐輪場があったにもかかわらずだ。同時にバスの停留所に駐輪場を設置し、駅に乗り入れる自転車の数を抑える仕組みもつくった。その結果、駅前の放置自転車は平成17年度の750台から1年後は515台と30%以上減少した。
 フランス・パリ市はヴェリブとよばれる自転車貸し出しシステムを昨年7月から開始。市内約1500カ所で約2万台の自転車を事前に登録した市民に24時間・年中無休で貸し出すもので、市が広告代理店と契約し、運用コストの大半を広告費でカバーする仕組みで、大都市を抱える各国から注目されている。
        ◆◇◆
 放置自転車ではないが、もっと悪質な例もある。横浜市都筑区の遊歩道で散歩をしていた67歳の男性が後ろから来た自転車と接触した。男性は転倒し、左目の下の骨を折って2週間入院する大けがを負った。自転車の若い男は「すみません。後でここに連絡をください」と電話番号を書いた紙を男性に渡して走り去ったが、番号はでたらめだった。こうなると自転車は凶器でしかない。
 横浜国立大学工学部の中村文彦教授(都市交通計画)は「自動車と同様、自転車に乗る人にもルールを守る義務があるが、それをわかっていない人が多すぎる」と苦言を呈する。解決策として、自転車防犯登録の厳格化▽車の免許更新時に交通事故の映像を見せるような啓発活動の強化▽中高生に対する自転車のマナー教育を徹底−を示す。「自治体も管理区域を細分化して、多少見栄えが悪くても駐輪場をつくるべきです」
 自転車は近年、環境に負荷をかけない点で注目されている。きれいな道路や公園、立派な商業施設があっても、そこに自転車が乱雑にとまっていては安全ではないし、地域のモラルの低さがあらわになったかのようでみっともない。環境や街の美観を守ることがタダではないことを思い知るべきでないか。(小川真由美)
       ◇
 《メモ》 警察庁によると平成18年の自転車事故は17万4262件。交通事故全体の約2割を占め、10年前(平成8年)と比べて24.7%増加。自転車乗車中の死者数は8 1 2 人で65歳以上がその約6割を占める。負傷者は16〜24歳が最も多く21.5%。次いで15歳以下が19.7%、65歳以上が17.2%。自転車側に法令違反があった割合は全体で67.9%。死亡事故では76.3%とさらに高くなっている。

【関連記事】
「溶けゆく日本人」特集
一石何鳥? 放置自転車、レンタルで再活用 
増える自転車利用 趣味や実用「機能」で選ぶ
違反の一色紗英さん、反則切符の署名拒否「かかってきた電話出ただけ」
隣家に「しっしっしー」 迷惑行為の女、有罪

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080214-00000902-san-soci