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2008年02月14日(木) 07時51分

【特報 追う】変わる警察官新人教育 見て盗め→手取り足取り産経新聞

 警察が若手に対する“手取り足取り”教育に本腰を入れている。ベテラン捜査員の大量退職時代を迎え、捜査能力の低下を防ぐのが狙いだ。10年後には、全国警察職員25万3000人のうち約4割が退職とともに若手と入れかわると予想されている。「捜査技術は見て盗め」という警察特有の“タフ”な教育方針はもはや過去のもの。警察の変わる新人教育風景−。(松本健吾)

 1月25日、山形県警山形署。

 ハロゲンライトの光で暗闇の廊下に足跡がくっきりと浮かびあがる。

 鑑識畑23年のベテラン、同署刑事1課鑑識係の長岡裕治警部補(50)が「斜めから光りをあてるのがコツだ」と、ライトを持つ新人鑑識係の尾方雅幸巡査長(27)に指南する。尾方巡査長が、浮き上がった足跡を慎重に専用のシートに写し取る。

 2人は山形県警がベテラン職員の大量退職時代を見込み、活動を本格化させている「新人養成伝承」制度で指名されたペアで、長岡警部補は捜査技能・知識の伝承者、尾方巡査長は継承者だ。

 鑑識係には、その成果を信じて聞き込みに出るほかの捜査員のためにも、現場での証拠採取を早く正確に済ませる高い技能が求められる。この日、マンツーマンで、庁舎内に空き巣が入ったと想定して、犯人の足跡を採取する鑑識技術の訓練が行われた。

 長岡警部補は「ベテランが多く辞めていくなかで、若い人にノウハウをきちんと伝えていかないと鑑識技術が廃れてしまう」と懸念。尾方巡査長も「しっかり学んで、大量採用で入ってくる後輩に早く教えられるようにならなければ」と危機感を持つ。

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 一方、こちらも同制度に指名されている、同署生活安全課の奥山昭夫警部補(54)と緒形拓也巡査(24)のペア。2人は、少年係として、万引きや自転車盗など年間約140件発生する少年事件の捜査に追われている。

 今年度配属になったばかりの緒形巡査は、「なかなか口を開かない」「本当の事を言ってくれない」と少年の取り調べの難しさに直面。奥山警部補は「口を開くまで語りかけ続けろ」「供述の矛盾点をつけ」などとアドバイス。

 昨年夏、緒形巡査が担当した男子高校生による自転車盗事件では、「色と形が同じだったので間違えた」と故意に盗んだことを認めない高校生に対し、サドルの高さや鍵が合わない点などの矛盾点を突くことで立件につながった。実際の現場で、「伝承教養制度」の成果はあがっている。

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 しかし、警察で捜査のノウハウを“手取り足取り”教えるようになったのは最近のことだ。

 県警のベテラン捜査員らは、先輩から「仕事のノウハウは見よう見まねで覚えろ」「捜査テクニックは周りから盗め」と言われ教育されてきたと口を揃える。あるベテラン職員も新人当時には「上司から調書を投げられ、『勝手に供述を取ってこい』という感じだった」と振り返る。

 県警の佐藤栄二教養推進室長は「大量退職時代を迎え、もはや新人が一人前に育ってくれるのを黙って見守っている猶予はない。早期戦力を育てなければ、現場は何をすれば良いか分からず右往左往する若手で溢れかえることになる」と若手の早期育成の重要性を説く。

 若手への捜査技術の伝承教養は、吉村博人警察庁長官も重要課題に挙げる警察全体の取り組み。警察庁は、退職職員の再任用制度のほか、全国警察職員のなかから専門的な知識、技能を持つ職員を「警察庁指定広域技能指導官」として全国に派遣、伝承教養に本腰を入れている。また、各都道府県警でも、伝承教養の制度化や現場を想定したロールプレイング方式などそれぞれ独自に工夫を凝らし若手を育成中だ。

 将来の治安維持のためにも、今の若手とこれから採用される新人教育に“待ったなし”だ。

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 ■山形県警の新人養成制度 昭和61年、在職中からベテランの捜査ノウハウを若手に伝えようと「伝承教養実施要綱」を制定。平成15年には、期間が1年間の「新人養成伝承」と2年間の「卓越技能伝承」の2制度に分けて本格化させた。18年には、主に地域交番勤務者を対象に、各署で独自に催す「若手警察官育成塾」も開始。両伝承教養制度には、19年度は刑事、生活安全など3部門で計55ペア 110人が指名された。伝承教養担当者は、各部門で3年以上の経験者、継承者は各部門に新たに採用された巡査部長以下の警察官。平均年齢は伝承者が約49歳、継承者は約27歳。指名されたペアは「知識技能のみならず、先輩の生き様『警察魂』を学ぶ」ことも目的とされている。佐藤正顕警務部長は「ベテラン警察官の大量退職による執行力の低下が懸念されるが、伝承教養制度などを通じて若手警察官の早期育成を図り、治安維持に万全を期したい」とコメントしている。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080214-00000020-san-l06