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2008年02月09日(土) 12時59分

【衝撃事件の核心】暴力の末…彼氏を刺し接着剤で傷塞いだ元女優の「思い」産経新聞

 自分の手で刺した男の傷に瞬間接着剤を塗っているとき、元女優はいったい何を思っていたのだろう。東京都大田区で先月26日、藤家英樹さん(53)を刺殺した容疑で逮捕された31歳の女は「暴力を繰り返されたので…」とうなだれた。キャンペーンガール、レースクイーン、Vシネマ…。華やかな過去を持つ女と藤家さんの組み合わせは街で目をひき続けたが、別れるように勧める周囲をよそに、お互いの「病」を支え合ってきたしがらみが悲劇を招いた。(伊藤真呂武)

 ■「映画監督と女優みたい」…地元でひときわ目をひいたカップル

 派手な服装の男性とモデルのような女−。
 事件被害者の藤家さんと、大田区のマンションで一緒に住んでいた木村衣里容疑者(31)は、地元ではひときわ目立つ存在だったようだ。
 精肉店や青果店、クリーニング店などが並ぶ、東急多摩川線鵜の木駅前の商店街。
 ここでは、藤家さんと木村容疑者の2人が腕を組んで歩いたり、居酒屋で酒を飲み、木村容疑者が「パパ」と呼んで藤家さんに甘える姿がたびたび目撃されている。
 「年齢差があるので、人目を引いていた。男性の方は、革のジャケットに革のズボンをはき、派手なマフラーをするなど若作りだった」と青果店の男性。
 居酒屋の女性は「映画監督と女優といった雰囲気でしたね」と振り返る。
 そんな周囲の目の中、血だらけの藤家さんが発見されたのは1月26日早朝のことだ。
 木村容疑者の119番通報によるものだった。

 「『夫』が背中から血を流しています−」

 ■虚偽の通報…血だらけ「けがして帰ってきた」

 東京消防庁の救急隊が駆けつけると、ベッドに藤家さんが横たわり、シーツには血だまりが広がっていた。
 2人は結婚していたわけではないが、藤家さんのことを木村容疑者は「夫」と呼んでいたようだ。
 事件性を疑った警視庁に、木村容疑者は淡々と説明した。

 「午前5時ごろ、けがをして帰ってきました」

 さらに追及が強まると、あいまいな供述を繰り返した。

 「記憶が飛んだ」

 「夫が救急車を呼ぶなと言った」

 マンション自室の鍵を貸すよう捜査員が要請しても、木村容疑者はかたくなに拒んだ。

 藤家さんの遺体には、明確に刺し傷がある。早い段階から警視庁は木村容疑者の犯行との見方を強め、強制捜査でマンションから果物ナイフなどを発見した。
 が、それ以上に決定的な証拠は出てこなかった。

 ■不可思議な現場周辺…決め手は果物ナイフ「微量の血痕」

 しかも、現場周辺には、捜査陣を惑わせる不可思議な“現象”が起きていた。
 鵜の木駅前のコンビニエンスストア前から約200メートル離れた藤家さんのマンションまで、直径約1センチ大の血痕が点々と続いていたのだ。
 血痕の存在は、「夫はけがをして帰ってきた」という木村容疑者の証言の信憑性を補強するものではある。
 だが、その血痕は、刃物で刺された割には小さすぎるのだ。
 さらに、帰宅の様子を映したマンションの防犯ビデオに記録されていた藤家さんからは、けがをした様子が見受けられなかったのだ。
 警視庁は結局、木村容疑者をいったん帰宅させるしかなく、逮捕は6日後にずれ込んだ。
 実は、真相はこうだった。
 藤家さんは26日午前4時ごろ、血痕が残っていたコンビニにタバコを買いに行った。
 約1時間後に帰宅すると、木村容疑者に向かって殴るけるの暴行が始まった。
 約30分間にわたって暴行を受けた木村容疑者は、果物ナイフを握り締め、藤家さんの背中を一突きにした。
 「夫はけがをして帰ってきた」と言い張っていた木村容疑者を追いつめたのは、凶器の果物ナイフに残っていた血痕だった。
 木村容疑者は犯行後、ナイフの血を入念に洗い流していたが、DNA鑑定の結果、先端に藤家さんの血痕がわずかに残っていたのである。
 捜査陣を悩ませた路上の血痕は、末期の肝硬変だった藤家さんが吐血したものだったと分かった。

 ■芸能活動「病気」で引退…支えたのは藤家さんの優しさ「今度は私が」

 地元では“著名カップル”だった藤家さんと木村容疑者だが、半年ほど前から藤家さんは急激にやせ、つえをつきながら木村容疑者にゆっくりついていく様子だったらしい。
 関係者によると、藤家さんは「余命半年」と宣告されていたという。

 顔なじみの露天商の男性はこう語る。

 「(藤家さんは)昨夏にアルコール依存症で入院したと聞いた。昼間からお酒を飲みながら歩いているのをよく見掛けた」

 木村容疑者が通っていた銭湯の女性は、声を潜めながらこう話した。

 「藤家さんが入院している間、(木村容疑者は)何度か来たが、退院したら来なくなってしまった。藤家さんの束縛が厳しいようだった。毎日毎日看病していたのにね…」

 “モデルのような”といわれた木村容疑者は、実際に芸能界で活躍していた元女優だった。
 平成8年、大手自動車メーカーのキャンペーンガールとして芸能活動をスタート。その後、レースクイーンを経て女優に転身し、Vシネマで主演したり、写真集を3冊発売するなど、活躍の場を広げていた。
 しかし、14年に病気を理由に突然引退する。失意の木村容疑者を支えたのが、すでに交際を続けていた藤家さんだった。
 結果的に、このときの藤家さんの「優しさ」が、2人を泥沼に引きずり込むことになった。

 ■生活力のバランス崩れ? 暴力誘発

 「藤家さんが酒を飲むと日常的に暴力を振るわれた」

 犯行直前の暴力で全身にあざを残したまま、木村容疑者は取調室でこう供述している。
 藤家さんの暴力については、木村容疑者は以前から、家族ぐるみで付き合っていた飲食店夫婦に相談もしていた。
 この飲食店は4、5年前に2人がふらっと立ち寄った場所。堅苦しくない雰囲気や夫婦の人柄にひかれた木村容疑者は、自宅から少し離れているにもかかわらず、週1回程度のペースで通っていたという。
 飲食店の主人は「(木村容疑者の)両親が離婚しているから、(木村容疑者は)妻を母親代わりのように思ってくれていた。私たちをよく地元の飲食店にも連れていってくれた」と肩を落とす。

 「私の妻が母親なら、藤家さんは父親だったのだろう」

 交際当初は、藤家さんにも経済的な余裕があったというが、体調を崩してからは仕事がままならず、木村容疑者に頼り切っていたらしい。
 2人の生活力のバランスが崩れたことが、暴力につながったのかもしれない。

 警視庁の調べに木村容疑者は、「暴力を止めて、いきなり優しくなることもあった」と漏らしている。
 昨年末、見かねた飲食店の主人が藤家さんと別れるよう勧めたが、木村容疑者はけなげにもこう話していた。

 「自分が病気でつらかったときに、藤家さんが面倒を見てくれました。今度は私が支えないといけないの」


 ■錯乱? すがった? 接着剤で傷口塞ごうとした心の奥底は…

 今年の正月。地元の神社に初詣に行き、藤家さんは「もう暴力は振るわない」と誓った。
 木村容疑者はもう一度信じようと心に決めた。
 その矢先に、再び暴力。木村容疑者の中で、理性をつなぎ止めていた糸が切れたようだ。
 殴られ、蹴られ、反撃に出て背中を果物ナイフで突き刺した木村容疑者は、119番通報するまでに1時間を要している。
 その間、木村容疑者は藤家さんの服をまくり上げ、出血し続ける背中の刺し傷に瞬間接着剤を塗り続け、傷口を塞ごうとしていた。
 その尋常ならざる行動。木村容疑者は「止血するために接着剤を塗った」と供述しているというが、自身の行為に錯乱したのか、それとも接着剤にすがりつくような気持ちで塗ったのか、その奥底はまだ見えてこない。
 木村容疑者の逮捕を聞き、相談を受けていた飲食店夫婦の妻はショックで寝込んでしまったという。

 「殺すつもりなんてなかったと思う」

 主人の言葉には、“娘”を救ってあげられなかった無念さがにじんでいだ。

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