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2008年02月09日(土) 03時20分

見落とされたサイン 薬物中毒想定せず ギョーザ事件朝日新聞

 中国製冷凍ギョーザによる中毒事件では、行政や企業の対応の遅れや、判断の甘さが指摘されている。千葉と兵庫の3地点で起きた事件が結びついたのは、最初の発生から1カ月たった後だった。情報の流れに、落とし穴はなかったか。

3事件をめぐる情報の流れ

 「00年の雪印の食中毒事件では公表が1日遅れたために、被害者が300人増えた。今回は1カ月だ」

 8日の衆院予算委員会。長妻昭委員(民主)は、事件をめぐる行政の情報伝達の遅れを指摘した。福田首相は「不手際があった。行政が縦割りになり、横の連携ができていない」と認めた。

 長妻氏が議場で示したのは、中毒患者が最初に出た昨年12月28日の千葉市の事件を報告する生協から千葉市保健所へのメール。発生の翌日に送信されたが、正月休みに入っていた保健所が見たのは1月4日だった。

 見落とされたサインがほかにもある。

 この事件で、搬送された母子をみた医師は「急性胃腸炎または食中毒の疑い」と診断。自殺、誤飲以外はまれな有機リン中毒は想定しなかった。

 被害者側は生協、保健所にも異常を伝えた。生協は食べ残しのギョーザを検査するが、化学物質は対象にしておらず「シロ」に。保健所も生協の結果を踏まえ、独自の調査を見送った。

■「刑事事件か」公表控え

 千葉市の事件から8日後の1月5日、兵庫県高砂市の一家3人が中毒症状になる事件が起きた。ここで初めて病院が有機リン中毒のおそれがあることを突き止めたが、さらなる被害の防止には生かされなかった。

 兵庫県が「有機リン中毒の疑い」という病院側の見立てを知ったのは発生翌日。しかし「同じ袋のギョーザをその前に食べたときは、異常はなかった」との情報も、合わせてもたらされた。「2回目に食べた際、何者かが毒物を混入した可能性がある」と県は判断、「捜査を優先させるべきだ」と考えて公表はしなかった。

 ギョーザの輸入・販売元ジェイティフーズが所在する関連で情報を得ていた東京都も、同様の判断をした。

 兵庫県は「他の都道府県でも同一商品による健康被害があれば、厚生労働省に報告するつもりだった」と説明する。

■広範囲の被害、想定外

 天洋食品で製造された冷凍ギョーザのにおいや味をめぐる複数の苦情は、昨秋以降、販売元の生協とジェイ社に散発的に届いていた。だが両者とも汚染されたギョーザが出回っているリスクを想定せず、情報は閉ざされた。

 生協は12月の事件後、被害者から食べ残しのギョーザの提供を受けて検査に回したが、対象はにおいと微生物の有無。農薬成分の検出結果にたどりついたのは、1月22日、千葉県市川市で5人が被害にあった3件目の中毒事件の原因が農薬成分だと判明した後だ。

 生協ブランド以外のギョーザに関する苦情も受ける立場にあったジェイ社も同様だ。兵庫の事件の後の1月7日、東京都を通じて兵庫県から「製造日が同じ商品で同様の被害はあったか」と聞かれ、「ない」と答えた。

 当時、12月の千葉市の中毒事例のことは把握していたが、商品が違うため、同じ工場製という接点に気が回らなかったという。

 兵庫と千葉の事件のギョーザなどから同じ農薬成分メタミドホスが検出されたのは1月29日。千葉、兵庫県警からそれぞれ農薬成分について問い合わせを受けた薬品工場が、奇妙な符合に気づいて県警に伝えた。

 同日、千葉県から連絡を受けた東京都も、兵庫県からすでに照会されていた2件目の経過との共通点に気づき、厚生労働省に伝えた。

 翌30日、両県警から捜査の報告を聞いた警察庁が公表を指示し、事件がようやく明らかになった。

 ■広く情報共有を

 地下鉄サリン事件の救急医療を経験し、テロ、災害などの危機管理にくわしい佐賀大危機管理医学講座の奥村徹教授 サリンと同じ有機リン系による今回の中毒は、瞳孔縮小などの特有の症状が出ない限り、診断が困難。警戒情報が何もない状態での1例目について行政・医療の関係機関が対応するのは難しいと思うが、「国内でこんな例があった」とわかっていれば、関係者の対応の仕方は全く違っていただろう。情報を関係機関が広く共有することの重要性が改めて示された。 アサヒ・コムトップへ

http://www.asahi.com/national/update/0208/TKY200802080454.html