大詰めを迎えた国家公務員制度改革の論議で、公務員の情報提供のありようが俎上(そじょう)にのぼっている。最終答申には、公務員の守秘義務違反への捜査・処罰の強化が盛り込まれる見通し。世論を誘導する「リーク」を排除するのが狙いだが、職員の萎縮(いしゅく)につながりかねないという指摘も。官庁の裏金、不祥事……。その多くは、職員の内部告発がきっかけだけに、現場に対する「引き締め」の動きに懸念が広がっている。
●根回し・リーク排除念頭
「守秘義務違反者は、その重大性に応じて処罰する」
福田首相の私的な「公務員制度の総合的な改革に関する懇談会」(座長・岡村正東芝会長)がまとめた答申案にそんな規定が盛り込まれたのは今年初め。懇談会内には特に異論はないといい、31日の最終決定を経て首相に答申される。
懇談会は昨年7月に発足し、キャリア制度の撤廃や国会議員と公務員の関係などを中心に論議。守秘義務違反については、新設する「内閣人事庁」に「特別調査部局」の設置さえ検討された。
伏線はあった。委員を務める堺屋太一氏が昨年10月の会合に資料を提出。その中で、「事務職員がテレビ出演や新聞記者に情報を流す場合は大臣の許可を要す。これに反すると守秘義務違反」と規定した。公務員が勝手に国会議員に根回しすることも禁じ、情報を大臣が集中的に管理することを意図したものだ。
現行の国家公務員法でも、「職務上知り得た秘密を漏らしてはならない」とし、漏らせば1年以下の懲役もあり得る。
さらに守秘義務を強化しようとする動きの背景には、「税務から刑事捜査まで情報流出が常態化しているにもかかわらず、守秘義務違反に問われたケースが少ない」という不満があるようだ。
堺屋氏の提案に、委員の一人は「大臣の知らないところで官僚が情報を勝手に操作するのはよくない」と理解を示す。
守秘義務違反や報道対応については政府が今国会に提出する「国家公務員制度改革基本法案」にどこまで盛り込むのかも含め、未知数だ。国家公務員法の罰則を引き上げるのか、職員への報道機関の接触をどこまで調査するのか、何が「誤報」なのかなど、具体的なことは決まっていない。
別の委員は「報告書は問題点や改革の方向性を指摘したものだ。詳細をどこまで決めるかは今後の課題」と話す。
●「秘密」の基準あいまい
そもそも国家公務員法がいう「職務上の秘密」は、あいまいだ。
77年の最高裁決定は、各省庁が「部外秘」などと形式的に秘密扱いしただけではなく、実質的に秘密として保護するに値することを求めている。
しかし現実には、どの情報を秘密にするかについての判断が外部の評価にさらされることはまれだ。形式的であれ秘密扱いされれば、職員はそれに従わざるを得ないのが実情だ。
守秘義務違反に強く臨む姿勢を強調することは、ただでさえ不十分な政府の情報公開をさらに後退させると、上智大文学部の田島泰彦教授(メディア法)はみる。政府にとって都合の悪い情報の流出が、軒並み公務員の守秘義務違反として扱われることになりかねないからだ。
「本来国民が知っているべき話が、秘密扱いされることは少なくない。公務員が政府の間違いを正そうとするための情報提供、内部告発は肯定的に扱われるべきだ」
あわせて政府が隠そうとすることでも公益の観点から報道していくのがメディアの役割で、そのための取材源の秘匿も最近は広く認められる傾向にあるという。
この1年、海上自衛隊員の情報持ち出し、内閣情報調査室職員の在日ロシア大使館員への情報提供などが刑事事件になるケースが続いた。
とはいえ「外交・防衛分野などの実質的な秘密を扱う職員が外部にぺらぺら話すのはまずいが、公務員の一般的、日常的な情報提供の行為も同列に厳しく扱うのはどうか」という疑問は、政府内部からも出ている。
●良心的告発、制約の恐れ
取材・報道にどのような影響が出るだろうか。
06年7月5日。岐阜県庁が組織ぐるみで総額17億円の裏金を隠蔽(いんぺい)していた問題が、地元紙の報道で表面化した。以来、新聞、テレビが約半年間にわたって取材を続けた。
県はすぐに内部調査に着手。と同時に、職員が個別に取材に応じることを禁じた。
朝日新聞は、元県幹部や裏金を担当していた庶務係経験者の自宅を訪ね歩いた。ほとんどは「県の調査チームに話している」と拒否。それでも何人も当たるうち、匿名を条件に実態を語ってくれる職員や元職員に出会うことができた。
その過程で裏金の保管に困った職員が、金を燃やしていたことも分かった。この職員との取材の橋渡しをしてくれた職員は、「組織の一員として裏金を保管せざるを得なかったのに、突然トップが厳しく取り締まるようになった。追いつめられた末だったことを知ってほしかった」と話した。
「県政が生まれ変わるためには、うみを出し切らなければいけない」。取材に応じてくれた現職やOBの職員からは、こんな言葉が聞かれた。
実際に取材への情報提供で刑事責任が問われたケースは「外務省機密漏洩(ろうえい)事件」以降はほとんどないといい、奥平康弘・東大名誉教授(憲法)は「行政もこれまで報道の自由を尊重し、抑制的に運用してきた。それだけ重要な問題をはらんでいる」と指摘する。
公式発表以外の情報が出ると、省庁内の「犯人」捜しにつながりかねないことを、ジャーナリストの斎藤貴男さんは懸念する。「国益・省益にかなった情報流出は見逃される半面、良心的な公務員が問題点についてシグナルを出し、それを記者が拾うという形の問題提起が難しくなる」
斎藤さんはこうも指摘する。「『記者の方も官僚のリークで記事を書いてよしとしているのでは』と思っている市民は少なくない。公務員と取材が論点に浮上したのをきっかけに、メディアも『権力の方を向いて仕事してはいないか』と自問すべきだ」と話す。 アサヒ・コムトップへ
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