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2008年01月22日(火) 03時18分

帝銀事件の平沢元死刑囚、脳に病変 解析結果の論文発表朝日新聞

 60年前に起きた帝銀事件の故平沢貞通・元死刑囚の脳に、狂犬病ワクチンの副作用で神経細胞が壊死(えし)した痕跡が残っていたことがわかった。平沢氏の脳を解析した池田研二・元東京都精神医学総合研究所精神疾患研究系長が、論文を発表した。死刑判決確定の決め手の一つとなった精神鑑定では、平沢氏は「平素の状態と大差のない精神状態」だったとされたが、脳には虚言などの性格変化を起こす病変があったことが確実になった。

 帝銀事件は物証が乏しく、平沢氏の取り調べ時の自白が有力な証拠となり、55年に死刑判決が確定した。しかし、死刑は執行されず、平沢氏は87年に95歳で獄死した。

 平沢氏は30代に狂犬病の予防注射により脳脊髄(せきずい)炎を起こし、その後、物忘れが激しくなったり、作り話をしたりするなどの症状があったとされる。そのため、公判でも自白の信用性が争点になった。

 池田氏は、脳脊髄炎の痕跡があるかどうかを詳しく調べた。薄く切った脳の組織を顕微鏡で見て、脳の場所ごとに病気の痕跡を探した。高齢や、他の病気に伴う脳の変化と厳密に区別するため、80〜90代の14人の脳と詳細に比べた。

 その結果、狂犬病ワクチンによる脳脊髄炎の後遺症と推定される病変が見つかった。強い病変は脳の内部の「側脳室」と呼ばれる領域の周辺にあり、神経細胞を守る「ミエリン」と呼ばれるさやがなくなり、神経細胞そのものが死んだ跡もあった。

 病変の状態から、認知症にはいたらなかったが、性格変化をもたらしたと結論付けた。他の14人の脳も含め、老化や、それに伴う血管変化が原因と考えられる脳の変化とは異なっていた。

 池田氏は「病変が見つかったのは、狂犬病ワクチンによる脳脊髄炎でおかされやすい場所。いまならMRI(磁気共鳴断層撮影)などの検査で見つかるだろう」と話す。

 解析結果は昨年末、学術論文集「精神医学の方位」(中山書店)で発表した。

 「平素の状態と大差のない精神状態」とした故内村祐之・東京大教授らの精神鑑定には、平沢氏の生前から、内村氏の弟子の故白木博次・東京大教授、故秋元波留夫・東京大教授らが異議を唱え、「脳に病変が残っているはず」としていた。

 平沢氏の遺体は87年に東京大に「献体」として運ばれ、脳は薬品処理され、保存された。98年に東京大から遺族に返還され、白木氏らが池田氏に解析を依頼していた。

●「判決見直しを」

 再審請求審弁護人の荒木伸怡弁護士(立教大教授)の話

 論文は、平沢氏の捜査段階の自白に信用性がないことを示す一つの根拠になる。事件に使われたのが無機の青酸化合物なのか旧日本軍の特殊部隊が使っていた有機の青酸化合物なのか▽「金に困ってやった」という動機が本当なのか——などのポイントと合わせて、平沢氏に死刑を言い渡した確定判決を総合的に見直す必要がある。 アサヒ・コムトップへ

http://www.asahi.com/national/update/0121/TKY200801210481.html