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2008年01月17日(木) 00時00分

昆布じめ(富山県黒部市)読売新聞


 一世帯あたりの昆布の年間支出額が全国1位の富山県。数ある昆布料理の中でも、魚の刺し身を昆布でしめる「昆布じめ」は富山特有の郷土料理だ。昆布の90%以上を生産する北海道と日本海沿岸を結ぶ航路が、この調理方法を生んだ。


魚にしみ込む昆布のうま味
北海道と富山を結ぶ保存食

 訪れたのは県東部の黒部市、冠雪した立山連峰を望む生地の町。町内各所に洗い場、水飲み場があり、「生地の清水」と呼ばれる立山からの伏流水が湧き出ている。

 黒部港のそばで昆布店を営む四十物(あいもの)正子さん(76)宅で話をうかがった。家ではほぼ毎日、昆布が食卓にあがる。だし、煮物、とろろ昆布、昆布巻きかまぼこなど、食べ方はさまざま。中でも昆布じめは家庭料理の代表格で、正月に欠かせない品だ。しめた後の昆布も素揚げや佃煮にする。

 「昆布は、んまいし、栄養もあるし、無駄がないがです」

 海藻の昆布はヨウ素、カルシウムなどのミネラル、水溶性食物繊維を豊富に含み、なおかつ低カロリー。毎日食べているからか、正子さんの肌はツヤツヤだ。

 昆布じめの作り方はふたつ。幅広で長めの昆布に、刺し身をすき間なくのせてグルグル巻く巻き寿司型。ラッピングして半日〜1日寝かせばできあがる。これは節約して両面を使う昔の作り方だ。もうひとつは現在主流のサンドイッチ型。四角に切った昆布に具材をのせ、さらに昆布をかぶせる。ギュッと押してラッピングすればあとは同じ。どちらも簡単だ。

 「昔よく獲れたタラを長持ちさせようと、昆布でしめたのが始まり」と正子さんが言うように元は保存食で、サスと呼ばれるカジキやヒラメ、タイなどのあっさりした味の魚が合う。余った刺し身をしめて冷蔵庫に入れておけば、昆布が水を吸って水分活性を抑え、3日ほどもつという。

 最近はなんでもしめる。小松菜、ホウレン草などの野菜はもちろん、春はゼンマイ、タケノコ、秋はエノキ、エリンギ。さらに豆腐やコンニャクまで……。「ご飯が合うと聞いて作ってみたら、んまかったわ。次は山芋を試してみたいがやちゃ」と正子さんはニコリ。

 ただし、昆布は水を吸いすぎると味が落ちるので注意が必要。海産物以外は湯がいてから絞る。コンニャクは塩もみ後に湯通ししてから、絹豆腐はそのままキッチンペーパーで水気を取る。

 「良い昆布を使う」のがおいしく作るコツ。濃厚な羅臼昆布は野菜に、京料理のダシに使われる薄味の利尻昆布は刺し身に、函館近海で採れるクセのない真昆布は何にでもと、正子さんは具材との相性で昆布を使い分けている。

 「県内の伏木や岩瀬は北前船の寄港地だったので、昔から北海道の昆布が入ってきたがです」

 正子さんの長男で四十物昆布社長の直之さん(54)が、富山と昆布の関係を教えてくれた。

 北前船は江戸時代、日本海を行き来した商船。蝦夷(松前)で昆布やニシンを積み、岩瀬など各港で売買しながら下関を経由して大坂(大阪)を目指した。


 北前船の寄港地には「四十物」の姓や地名が残る。四十物(相物)は鮮魚と干物の中間の塩魚、または加工魚を意味し、海産物問屋や廻船問屋が屋号として使った。加工した物が40種類ほどあり、この字が当てられたのだという。

 最高級昆布の産地・羅臼と生地の縁は深い。明治の不況期、生地の住民は仕事を求めて北海道へ渡り、漁業や加工業に従事した。今の羅臼町民の多くが生地の出だ。富山の昆布の年間支出が高いのは、羅臼産などの高級昆布を買う機会が多いからだと言われる。

 直之さんの話を聞きながら、昆布じめのヒラメをつまんだ。昆布に水を吸われて乾いた身はトロリと糸を引き、モチモチと弾力がある。アミノ酸の一種のグルタミン酸は「うま味」で、魚のイノシン酸と交わり味を深めている。淡白なはずの白身にほんのり塩気と甘みが感じられ、しょうゆは要らない。

 羅臼で住み込みの漁体験をしたことを思い出した。未明に起きて昆布を海から岩場に運び、天日干しした。海水を含んだ昆布は信じられないほど重かった。羅臼と生地。遠く海を隔てた場所を、昆布の素朴で深みのある味がつないだ。

(文/福崎圭介 写真/佐藤新一)

旅行読売2月号より

http://www.yomiuri.co.jp/tabi/gourmet/fudoki/20080117tb03.htm