記事登録
2008年01月12日(土) 01時28分

1月12日付 編集手帳読売新聞

 庄司薫さんの芥川賞受賞作「赤頭巾(あかずきん)ちゃん気をつけて」は、主人公である男子高校生のぼやきで始まる。世の中の電話機は皆、母親の膝(ひざ)の上にあるのかな、と◆ガールフレンドに電話すると、「どういうわけか、必ず『ママ』が出てくるのだ」。小説が書かれて40年ほどになる。いまは聞かれることのないぼやきだろう。手ごわい関門を通らずに済む時代である◆国内の携帯電話が昨年末時点で初めて1億台を超えたという。重さ3キロの肩掛け式が登場して22年、日本の人口(1億2700万人)に迫る勢いを見れば、「1人1台」の形容もあながち誇張ではない◆“呼び出し電話”の昔をご記憶の方もあろう。電話のない家では隣家などの電話番号を親類や知人に教えておき、かかってくるたびに「電話ですよ」と取り次いでもらう。まだるっこくも温かい電話の取り持つ人づき合いがあった◆主人公の「ぼく」もおそらくは、ガールフレンドのママとの会話に汗をかきながら、目上の人との接し方や言葉遣いを知らず知らずに身につけたことだろう。まだるっこく、面倒くさく、手間暇かかったことの幸不幸は定めがたい◆目的地に直行してくれるジェット機の便利さに感謝するときがある。用のない駅に止まり、予期せぬ景色を窓に映してくれた鈍行列車の旅を懐かしむときもある。

http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20080111ig15.htm