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2007年12月11日(火) 00時00分

からし蓮根(熊本県宇城市)読売新聞


 蓮根の穴に辛しと麦みそを詰めてナタネ油で揚げるからし蓮根は、熊本を代表する料理。熊本藩主・細川家の食べ物だったものが、明治になって庶民に広まった。蓮根栽培が盛んな宇城市の農家を訪ね、作り方を教えてもらった。

どこを切ってもからし色
伝統ある滋養強壮の珍味

 浦田農園で浦田伸樹(56)、富士子(53)さん夫婦が出迎えてくれた。宇城市松橋の郊外にあるこの農園で、2人は蓮根とナシを生産・販売し、栽培した蓮根で「からし蓮根」を作っている。

 「それじゃ、さっそく"美人"ば掘りましょか」と言う伸樹さんに、近くの蓮田に連れていってもらった。

 蓮田には枯れて茶色に変色した葉と茎が生えている。蓮根はハスの地下茎が大きくなった部分で、この茎が泥の下に荒い網の目のように伸びている。「蓮根掘る」が冬の季語とされているように、10月〜3月が収穫期だ。

 ゴム長靴を履いた伸樹さんは、ひざ下まで泥につかり、蓮根掘り機のスイッチを入れる。機械の後部には、そばの川から水を引いて放射する噴射口がついており、水圧で泥が薄くなったところに手を入れ、要領よくとっていく。

 「よか蓮根のためには土づくりが大事かと。だから、うちの蓮根も色白の"美人"たい」と伸樹さん。確かに皮の下は真っ白だ。この蓮根で、富士子さんにからし蓮根を作ってもらった。

 まず、皮を擦り取って水洗いした蓮根を、水と変色をおさえる酢を入れた鍋で湯がく。このゆで加減が難しいのだという。硬すぎても軟らかすぎても、蓮根の歯ざわりがいきない。沸騰した湯に入れて様子を見ながら10分ゆで、箸がすっと通ったらザルに引き上げる。

 辛しみそは、甘みの強い麦みそに辛し粉をまぜるのが基本。双方の配分で辛さが決まる。富士子さんは「10対1くらいが辛すぎんでよかろう」と言って、さらに味を和らげるスリゴマ、ハチミツ、砂糖少々を入れ、粘り気が出るまで手でこねる。

 冷ました蓮根で、山にしたみそを削るようにして穴に詰めていく。蓮根の穴からはみ出たみそは箸で削る。すべての穴にみそを詰めるのは、輪切りにしたときの見た目をよくするため。この状態で蓮根を一晩寝かせ、みそをなじませる。

 続いて油で揚げる衣作り。小麦粉に水、皮を軟らかくするためのソラマメの粉、色づけのターメリックを加え、ダマができないよう手早くまぜる。ターメリックを入れるのは、卵の黄身で色づけした昔の名残とか。蓮根に衣をまんべんなくつけ、白絞油(ナタネ油)で揚げる。3〜5分ほどして色が変わったらできあがり。


 手間がかかるが、もとは熊本藩秘伝の料理だった。病弱な藩主・細川忠利を訪ねた旧知の禅僧・玄宅が、漢方で増血作用があるとされていた蓮根をすすめた。泥くさい蓮根を嫌がる忠利に、玄宅は一計を案じ、城内の賄い方を集めて蓮根の調理コンテストを開いた。

 賄い方のひとり森平五郎の考案したこの料理が殿様の心を射止め、断面の9つの穴が細川家の九曜紋に似ていたこともあって門外不出の料理となったという。

 森家が明治維新後に専門店「森からし蓮根」を熊本市内に開いてから広まり、今では慶事に欠かせない一品になっている。蓮根の主成分はデンプン質で、ビタミンCと繊維質が豊富。鉄分の吸収を助けるビタミンB12も含まれている。

 さて、からし蓮根を薄く切って皿にのせると、皮とみその黄色が鮮やかで食卓にひときわ映える。口にすると、蓮根はシャキシャキとした歯ごたえとねばりがあり、見れば茎の繊維が糸のように引いている。麦みその塩気、甘みと同時に、和がらし特有の辛さがツーンと鼻に抜け、舌がピリピリ。酒のつまみにぴったりと思いながらも、自制心が働く。

 「やっぱ蓮根がうまかけん、からし蓮根もうまか」。富士子さんの言葉に、鼻をすすり、目を赤くしながらうなずくしかなかった。(文/福崎圭介 写真/藤山寛治)

旅行読売1月号より

http://www.yomiuri.co.jp/tabi/gourmet/fudoki/20071211tb02.htm