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2007年12月07日(金) 13時53分

『逃れられない責務』 3人死刑、氏名公表 鳩山法相 背景に被害者尊重論東京新聞

 死刑を執行した三人の死刑囚の氏名などが七日、初めて公表された。法務省はこれまで死刑囚の家族らへの配慮などを理由に死刑執行直後に氏名は明らかにしなかった。犯罪被害者の立場を尊重すべきだとの声に押される形で方針転換に踏み切った。一方、冤罪(えんざい)事件も相次ぐ中、氏名公表は死刑制度の是非をめぐる議論にも一石を投じそうだ。

 この日朝、鳩山邦夫法相は衆院法務委員会で、三人の死刑執行を行ったことについて、「私の命令による逃げることのできない仕事、責務と思って執行しました」と明言。氏名公表について「慎重な検討を重ねた」と述べた。

 法務省はかつて、死刑囚の遺族らに精神的苦痛をもたらす恐れがある上、刑の執行を待つ死刑囚にも心理的動揺を与えかねないとして、執行の事実も公表を避けてきた。

 執行の事実と人数だけを公表するようになったのは小渕内閣時代の一九九八年十一月からだ。今回、同省が氏名の公表を決めた背景には「死刑制度への国民の理解を得るためには可能な限りの情報公開が必要だ」との判断がある。

 刑事訴訟法によると、死刑執行は法相が「死刑執行命令書」に署名押印してから五日以内に行われ、死刑判決の確定から六カ月以内と定められている。しかし、一九九七年から二〇〇六年の十年間で、死刑確定から執行までの期間が平均七年十一カ月を要し、死刑執行を待つ死刑囚は七日現在百七人で、今回の執行によって百四人になる。年間の執行者数は九人となり、一九七六年以来最多となった。

 規定通りに執行されない理由として、法務省は、再審請求や恩赦の出願があることや、生命を絶つ重大な刑罰の執行に慎重を期しているとしてきた。また、法相が「思想信条」を理由に命令書への署名を拒否するケースもあった。

 鳩山法相は九月の内閣総辞職後の会見で「自動的に客観的に進むような方法を考えたらどうか」と発言。死刑制度のあり方を検討する勉強会を省内に設置し議論を始めていた。

■『当然』『情報公開を』被害者遺族ら知る権利を訴え

 法務省が死刑を執行した死刑囚の氏名を初めて公表したことについて、「地下鉄サリン事件被害者の会」代表世話人の高橋シズヱさんは「裁判という公開の場で出された判決が、正しく執行されているかどうか。個々の遺族には知る権利がある」と訴える。

 死刑囚ら関係者を相手取り民事訴訟を起こしているケースにも言及し、「死刑執行が訴訟に与える影響は大きい。裁判の節目ごとに通知があるように、矯正関係の情報も一般公表とは別に、遺族に知らせるべきだ」と指摘した。

 元検事で、死刑制度存続の立場をとる大沢孝征弁護士は「氏名公表は当然で、被害者や遺族に最終的な刑の執行が伝えられる。今は、死刑に関する情報は世の中に知らせなくていいという時代ではない。情報を出さなければ『事件性に問題があるのでは』などと余計な詮索(せんさく)を招きかねず、死刑制度の信用性を維持するためにも情報公開が大切だ」と話す。

 一方、死刑制度廃止を求める弁護士の菊田幸一明治大名誉教授は「死刑囚という個人が、国家に殺された事実を公表するのは理屈抜きに当然だ。さらに執行を事前に関係者に伝えることで、第三者的な立場の医師の立ち会いで執行直前の精神状態を確認すべきだし、家族などに最後の面会をさせる配慮も必要だ」としている。

■「大臣交代後も公表を続ける」法務省会見

 法務省では午前十一時十五分すぎから、林真琴刑事局総務課長らが記者会見した。氏名や犯罪事実、執行場所の公表に踏み切ったことについて、「公表による不利益がある一方で、国民の理解を得るための情報公開の必要性を勘案して、この範囲が公表の限度と考えた」と説明した。

 今後の対応についても「新たに重要な検討はあるかもしれないが、大臣が変わったとしてもこの方式で公表していく」と名前の公表は続けていく考えを表明した。

 三人のうち、藤間静波死刑囚は、最高裁が一九九五年に「判決の衝撃で自分の権利を守る能力(訴訟能力)を著しく欠いた状態に陥っていた」と被告自身による一審死刑判決の控訴取り下げを無効とする判断を示すなど、訴訟能力が争われたが、法務省は「受刑能力については問題なかった」との見解を示した。

(東京新聞)

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2007120790135041.html