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2007年12月02日(日) 07時51分

【エイズ】(上)感染率高い長野・山梨 遅れる外国人への対応産経新聞

 12月1日は「世界エイズデー」。長野県はエイズ患者・HIV感染者の報告数が全国で2番目、山梨県は4番目と高い(平成14−16年の平均、対人口比)。両県とも現在では患者・感染者の多くを日本人男性が占め、その対策が急務となる一方、言葉や滞在資格、健康保険などの問題で発見が遅れたり、十分な治療を受けず症状を悪化させてしまう外国人HIV感染者への対応が、人道面からみても重要な課題として残る。日本で働き、エイズを発症して帰国した1人のタイ人男性を通し、外国人HIV感染者を取り巻く問題や支援のあり方を「上」「下」2回シリーズで考えてみた。(高砂利章)

 長野県東部に住んでいたタイ人の中年男性、Aさんがエイズを発症したのは2年ほど前。発熱や言動がおかしくなったので医師を訪ねたところ、HIV感染が判明した。すぐに近くのエイズ拠点病院に移され治療が始まった。一時は重篤(じゅうとく)な状態に陥ったが、4カ月ほどで症状は安定。故国に帰ることを望んだため、病院とタイ大使館、外国人患者の帰国支援を行っているNGO「シェア=国際保健協力市民の会」(本部・東京都)が連携を取ってタイへ搬送し、バンコクの病院に引き継いだ。

 帰国して半年ほどが過ぎたころ、そのAさんを訪ねる機会を得た。タイに飛んでみると、Aさんはすでに病院を離れ、同国東北部の大都市から車で30分ほどの郷里に帰っていた。周囲と比べてひときわ立派な平屋建ての家が、日本での出稼ぎでAさんが建てた自宅だ。この地区は日本で稼いだお金で家を建てた人が多い。最初に行った人が家を建てるのを見て、多くの人がそれに続いた。Aさんもその1人だった。

 戸口から声をかけ、しばらくたって奥から出てきたAさんは、5メートル先の椅子(いす)にたどり着くのに3分も要するほど衰弱していた。その2カ月前に日本人学生がAさんを訪れた際に撮影した写真を事前に見ていたが、別人のようにやせ、肌はひからび、顔に表情がなかった。タイ語通訳を挟んでいるのに話が通じなくなることもあったが、彼は時折、思いだした日本語を交えながら日本での生活について語った。

 Aさんが日本に渡ったのは平成5年ごろ。最初は茨城県だったが、すぐに「オリンピックの準備で仕事がたくさんあると聞いたので」長野県の建設会社に移り、主に道路建設に携わった。現場にはフィリピン人やブラジル人も数多くいたという。給料は良かったが、オリンピックが終わると、とたんに仕事はなくなった。その後も農業手伝いや工場労働など仕事を転々と変えたが、「日本の社長はみんな厳しいし、仕事もきつい。働いたのに給料をもらえないこともあった」という。「日本人は優しかったが、もう2度と行きたくない」。そう言って、うつろな表情のまま首をゆっくりと横に振った。

 「汚い」「危険」「きつい」。こうした仕事を日本人がしなくなったこの国で、建設現場や農業、24時間体制の工場、飲食業界を支えているのは、研修生や留学生も含む外国人だ。中にはビザが切れた者も含まれる。

 シェア副代表の沢田貴志医師は「日本で外国人が多く住む県には、いずれも24時間体制で操業する自動車メーカーなどの工場がある。携帯電話のモデルチェンジが頻繁にできるのも、いつでも簡単に辞めてもらえる外国人労働者がいるから」と日本社会の現実を説明する。

                 ◆◇◆

 五輪景気に沸いた長野県に引き寄せられた外国人は、Aさんのように男性の肉体労働者ばかりではない。当時、県東部にあるスナックの女性従業員は場所によっては10人中8、9人が外国人だったといい、その多くで売春が行われていた。

 そのころは、タイでHIV感染が爆発的に増大した時期と重なる。「薬害にはじまり、様々な要因で拡大の一途をたどっているHIV感染。現在はあらゆる人に感染のリスクがあるありふれた病気になってしまった。ただし、五輪をきっかけに県内に出稼ぎ外国人労働者が大量に流入したことが加速させたことは否定できないと思う」と、佐久総合病院の高山義浩医師は話す。

 現在では「死に至る病」でなくなったエイズだが、何より大切なのは早期に発見し適切な治療を行うこと。しかし外国人の場合、言葉、滞在資格、健康保険、費用などの問題が立ちはだかり、適切な治療を受けられないまま症状を重くするケースが多い。

 インタビューを終えた後、よろよろと立ち上がって戸口の所で軽く手を挙げ見送ってくれたAさんがなくなったのは、それから2カ月後だった。

                   ◇

【長野県】 平成16年までの3年間でHIV感染者・エイズ患者の届け出数は対人口比で全国で2番目、平成18年までの3カ年では3番目だった。最近では日本人の報告が7割を占め、「異性間による性的接触」が約8割。またエイズを発症して初めて感染を知るケースが約6割と全国平均の約3割を大きく上回る。平成18年、厚生労働省とエイズ対策について連絡調整を図る「重点都道府県」に選定された。

【山梨県】

 平成16年までの3年間で感染者・患者の届け出数は対人口比で全国で4番目。外国人の患者・感染者が全体の63%と多いが、平成15年以降は日本人が外国人を上回っている。感染原因は「異性間の性的接触」が「同性間」の4・5倍ほどあるが、「不明」がその合計を上回る。長野県と同じく重点都道府県。

【新潟県】 5年前からの感染者・患者の合計は、4人、8人、4人、7人、2人(11月末現在)。感染原因は「異性間の性的接触」が主で、女性の割合が約3分の1と、全国平均(約1割)に比べて非常に高いのが特徴。

                   ◇

 ■甲信越3県のエイズ・HIV感染届け出数(平成19年9月末現在)

     HIV エイズ 合 計  人 口

 長野県 241 148 389 220万人

 山梨県  81  36 117  88万人

 新潟県  57  33  90 240万人


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