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2007年10月27日(土) 01時48分

10月27日付 編集手帳読売新聞

 阪急グループの祖、小林一三に挿話がある。不況の底にあった昭和の初め、経営する百貨店の食堂では客がご飯だけを注文し、卓上のソースをかけて食べる光景が見られた◆無料のソースばかりを減らす客に閉口してか、食堂の扉に「ライスだけの客お断り」と張り紙が出た。読んだ小林は書き直させたという。「ライスだけの客歓迎」◆ご飯だけの客が阪急びいきの上客になっていく。損は儲(もう)けの初めなり、だろう。目先のそろばんをはじく「頭」はあっても、客の身を思いやる「胸」のない経営者には真似(まね)できまい◆真似できなかった実例がつづく。牛肉偽装で社長が逮捕された「ミートホープ」しかり、契約時の不誠実な説明などで受講者を裏切り、経営破綻(はたん)した英会話学校「NOVA」またしかりである◆NOVAのつまずきは、社長を解任された創業者、猿橋望氏のやみくもな事業拡大にあったといわれる。日常の出費としては高額な受講料を払って放り出された人々は、無責任なそろばん一辺倒の犠牲者である◆小林は電鉄の開業に際し、「綺麗(きれい)で早うてガラアキ」という斬新な新聞広告を掲げたことがある。「駅前留学」のCM戦略を考案した猿橋氏も、頭の生み出す宣伝の技だけなら負けていないかも知れない。要は胸の差だろう。企業が栄えもし、滅びもする差である。

http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20071026ig15.htm