記事登録
2007年10月21日(日) 17時02分

道頓堀の老舗おでん屋「たこ梅本店」再開へ 5年ぶり朝日新聞

 江戸時代末期の1844年に創業し、5年前に閉店した大阪・道頓堀のおでん屋「たこ梅本店」が22日、営業を再開する。道頓堀が若者の街へと様変わりする中、一度は姿を消した老舗(しにせ)おでん屋。大阪・キタの三つの支店がその味を受け継いだが、5代目となった店主が「大阪の食文化を道頓堀で守りたい」と決意した。

 たこ梅の屋号は、初代店主の岡田梅次郎さんの名と、カウンター式の店が「たこ」と呼ばれたことにちなんだ。大阪・日本橋で創業したが、第2次大戦中の空襲で焼失し、戦後に現在の道頓堀商店街に移転。その後、大阪・梅田に「北店」「分店」「東店」もオープンした。

 看板の品は、さえずり(鯨の舌)などの具材をかつおだしで炊いた「関東煮(おでん)」と、瀬戸内海の真だこを煮た「たこ甘露煮」。さえずりは開高健の小説「新しい天体」(1972年)、たこ甘露煮は織田作之助の出世作「夫婦善哉(めおとぜんざい)」(40年)にそれぞれ登場するなど、たこ梅の味は庶民だけでなく、多くの文化人にも愛された。

 しかし、80年代以降、道頓堀に若者向けの飲食店や風俗店、遊技施設などが相次いでオープン。4代目の正弘さんが70歳で亡くなると、不景気のあおりも受けて客足が遠のき、02年夏に閉店に追い込まれた。

 「もう道頓堀でやらへんの」。閉店前年に会社員から5代目店主となった正弘さんのおいの哲生さん(41)は、3支店に来る客からたびたび尋ねられた。たこ梅発祥の地で伝統の味を守りたい——。05年暮れに本店の再開を決意し、木造の店の修復に乗り出した。

 道頓堀に移ってから使っていたひのき製カウンターは、表面をかんなで削って再利用。たこをかたどった彫刻やカウンター脇の「日本橋」を模した欄干など、長年にわたり客に親しまれた物は極力残した。壊れてしまった軒先の丸い照明は京都で似たものを買い付け、名物の大きなのれんは当時のものを自筆で忠実に再現した。

 哲生さんは「すべて新品にしたほうが安あがりかも」と苦笑いした後、「店が代替わりするだけではだめ。お客さんの子どもや孫が来てくれる店になって、初めて老舗と言える。息長く続けていきたい」と表情を引き締めた。

 たこ梅への問い合わせは、ホームページか電話(06・6211・6201)で受け付けている。

http://www.asahi.com/life/update/1021/OSK200710210008.html