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2007年10月09日(火) 00時00分

精進料理(埼玉県飯能市)読売新聞


2つの膳が並ぶ来客用の「二の膳」。左の膳には栗おこわ、すいとん、ゴマ豆腐、大豆の五目煮など、右の膳にはナス田楽、揚巻ゆばの煮つけ、車麩のカツなどが並ぶ

 肉やニンニクを使わない精進料理は、中国の禅宗に端を発するといわれる。この料理形式は、鎌倉時代の学僧らによって日本に伝わり、食材に制約があるがゆえに独特の食文化を生んだ。一般家庭でも役立つようにと、禅宗の中でも食を重んじる曹洞宗の寺を訪ねた。

殺生を許さない仏教の精神
野菜、豆類が主役の健康食

 健康ブームのせいか、「精進料理」をタイトルに取る本を書店で見かけるようになった。今回訪れた福王山正覚寺も、そうした本に登場する“常連”だ。人気のわけは、東京からのアクセスのよさと、大黒さん(住職夫人の名称)が作る料理の魅力にある。

 飯能から秩父方面に車を走らせること1時間、スギ木立の山あい、入間川沿いに立つ正覚寺に到着。本堂に上がって外を眺めると、雲のかかる伊豆ヶ岳が見え、庭の木々から小鳥のさえずりが聞こえてくる。住職の奥さんの石井千寿子さん(59)に精進料理の作り方を教わるため厨房に入った。

 まずは秋の味覚を使った2品。カボチャまんじゅうは、ふかしたカボチャを使う。布きんにのせてつぶし、自家製ブルーベリージャムとクリを包んで油で揚げる。カボチャの色が深く鮮やかで、砂糖を抑えたジャムと近くの山でとれたクリが混ざって和洋折衷のクセのない甘み。サトイモのともあえは、ゆでたサトイモにつぶしたサトイモと白ゴマをあえる。ホクホク、トロトロの食感がクセになる。

「精進料理は手順さえ知っていれば、家庭で手軽にできますよ」と石井さん。来訪者の年齢や好みで品を変えるのは、素材の特長を熟知しているからだろう。


宿坊に泊まった場合は坐禅や作務(掃除)を体験する。右の「二の膳」と異なり、食事の品数は少ない。食事中は音を立てないように静かに食べる

 曹洞宗は食事担当者を「典座」と呼び、調理を重要な修行のひとつと見なしている。これは、日本における曹洞宗の開祖・道元が典座の心得や手順を書き記した『典座教訓』に由来する。開祖が食の重要性を説いている点で特異だ。

 福井県にある総本山永平寺では、今も『典座教訓』が厳しく守られている。「私も修行だと思って作っています」と石井さんは言う。

 創作料理もおもしろい。精進ウナギはその定番。水抜きした豆腐とすりおろしたゴボウ、つなぎの片栗粉を混ぜて形を整え、ヘラで骨に似せて線を入れる。油で揚げてタレをからめれば、ちょっと厚めの蒲焼きができあがる。ゴボウの繊維と豆腐が、ウナギの身特有のホロリとくずれる食感を再現していて感動ものだ。

 車麩にパン粉をつけて揚げたカツ、ちぎった車麩を煮込みシジミに似せた“もどき”も作ってもらった。「限られた食材をいかにおいしそうに調理し、おいしく食べるか」という哲学が感じられる。

 「不殺生戒(生き物を殺してはいけない)」の戒律を厳守するかつての大乗仏教は肉食を忌避したため、菜食料理が発達。“もどき”を始め様々な料理を生み出した。たとえば、ゆば、納豆、おから、豆腐など大豆料理を洗練させ、みそ、しょうゆの誕生に大きく寄与したとされる。精進料理が「和食」の形成に与えた影響は計りしれない。

 さて、できあがった料理を運んで本堂へ。先ほどの料理に加え、揚巻ゆば、コンニャクのピリ辛炒め、大豆の五目煮、ナス田楽、ゴマ豆腐などが並んだ。栗おこわ、すいとんもあって盛りだくさん。


 石井さんの「米は米らしく、ダイコンはダイコンらしく」の言葉通り、どれも素材の味を殺さぬよう薄めの味付けになっている。

 これらは膳が2つ並ぶ来客用の「二の膳」で、宿坊の薬石(夕食)には、膳ひとつにご飯、汁物、おかず3〜4品と香の物がのるだけ。宿坊では、道元の著した食事作法『赴粥飯法』にのっとり、心得「五観の偈」を唱えてから音を立てずに無言で食べる。器をひとつずつ持って口にし、最後に白湯を入れて一粒も残さないようにする。

 こうした厳しい規則も“来客用”では免除されるのでご心配なく。ただ、米、豆、野菜などの、素材そのものと向き合う精神は同じだ。

 「食は命につながる」という典座・石井さんの思いが、すべての料理にこめられている。(文/福崎圭介 写真/佐藤新一)

旅行読売11月号より

http://www.yomiuri.co.jp/tabi/gourmet/fudoki/20071010tb02.htm