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2007年09月15日(土) 13時06分

「信念でやった」 奈良放火殺人・調書引用の著者産経新聞

 少年法か、言論の自由か−。奈良県田原本町の医師宅放火殺人事件で、フリージャーナリストの草薙厚子さんに、中等少年院送致となった長男(17)の供述調書を漏らしたとして奈良地検は14日、秘密漏示容疑で、長男を鑑定した京都市内の精神科医宅などを捜索した。草薙さんは、調書の引用について「信念を持ってやった」としながらも、「これからはおとがめないように書く」と話しているという。
 草薙さんの著書「僕はパパを殺すことに決めた」(講談社)は、内容のほとんどを関係者の供述調書の引用で占める異例の書だった。

 全253ページ。奈良県田原本町の医師宅が炎に包まれる事件の再現シーンから始まる。長男の逮捕直後の供述内容へと続き、激しい暴力を日常的に振るってきた父親の医師に、殺意を募らせる長男の犯行直前の行動や心境を明かしていく。

 さらに、父親が長男の実母である前妻にも手をあげていたことや離婚した経緯、「医者になるため」として暴力を交えて勉強を強制していたことが記される。家族のほか、小学校時代の担任教諭も供述調書の形で「証言」する。

 草薙さんは「はじめに」で、少年審判は非公開のため全容が報道されず「私が危惧(きぐ)するのは、事件そのものの異常性もさることながら、事件が頻発することによって人々があっという間に忘れてしまうことだ」と指摘。「事件について何かを語るためには、まず真実を知らなければならない。真実を知らなければ、加害少年の内面も分からない」としている。

 その上で、今回、調書公開に踏み切った理由を(1)少年の内面について何一つ確かな情報が報じられなかったこと(2)「家族のなかで起きた事件」であり、家族の内情を知る関係者の証言を得ることが困難なこと(3)焼死した医師の妻の両親から「真実を伝えてほしい」と求められたこと−と説明している。

 草薙さんは、関係者に「ある程度は覚悟していた。今回は信念を持ってやった。少年はこの本によって事件を起こした理由があったことが分かり、『モンスター』と見なされなくなる」としながらも、調書の公開については「意義のあるものであればやってもいいが、おとがめがないように書くだろう」と話しているという。

 また、草薙さんの本を出版した講談社学芸図書出版部は「先般の東京法務局の勧告は真摯(しんし)に受け止めており、少年法の精神を尊重して社会的意義のある出版活動を続けていく姿勢に変わりはない。今回の強制捜査についてははなはだ遺憾に思う」とのコメントを出した。

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■権力かさに着た横暴

 ジャーナリスト、大谷昭宏氏の話 「この事件は受験生を持つ親にとって重要な内容で社会的関心も高く、ジャーナリストが真相に迫るのは当然だ。強制捜査は、捜査当局などの自分たちだけが知っていればいいという考えに立ったもので権力をかさに着た横暴なやり方だ。ただ取材源の秘匿は取材活動の生命線で絶対分からないようにすべきだった。今回は取材先が限られており、好意から協力してくれた鑑定医を強制捜査にさらしてしまったジャーナリストには猛省を求めたい」

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■医師立件の可能性も

 板倉宏日本大法科大学院教授(刑法)の話 「医師や弁護士らは個人の秘密を知り得る立場にあり、秘密を守ることで成立する職業。それを漏らせば不特定多数の人に知らせることになるので、職業上秘密を守ることは必要で、立件される可能性は十分ある。ジャーナリストは、嫌がる鑑定医から無理やり調書内容を漏らさせたとなれば教唆犯に問われる可能性もなくはないが、取材側は基本的に情報を取ろうとさまざまな努力をするものだ。その可能性は極めて低いだろう」

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