記事登録
2007年09月14日(金) 13時02分

すり抜ける黒いカネ:「国際口座」不正開設事件/下 闇ルート解明し歯止めを /埼玉毎日新聞

 ◇立件できれば画期的一歩
 9月2日午後1時すぎ、さいたま市内某所。県警国際捜査課の2人が屈強な男に声をかけた。「アサボー・フェリックス・スティーブか。聴きたいことがある」。男は「そうです」と素直に認め、うながされて捜査車両に乗った。内偵捜査開始から2年。県警はこの日、ナイジェリア国籍のアサボー容疑者(40)と日本人5人を不正に口座を開設した詐欺容疑で逮捕し、蕨市内の自宅や東京・六本木の飲食店など16カ所を捜索した。
 捜査の発端は05年。不正な取引をうかがわせる口座の凍結だった。「職業に見合わない海外からの多額の入金がある」。情報を把握した県警は極秘に捜査を開始。複数の口座に億単位の入金があり、米国、中国、カナダなどに送金されていることが次第に判明した。口座はマネーロンダリング(資金洗浄)目的に開設されたとみられ、「419事件」にかかわる国際詐欺集団の関与を疑わせた。
 犯罪収益が日本の金融機関に流れ込んでいる現実。「一部分でも闇のルートを解明し、歯止めをかけなければいけない」。県警幹部は危機感を募らせた。
 だが、複数回の資金移動を経た後、日本へ送金されたものは、ルート解明が極めて困難だ。県警はFBI(米連邦捜査局)にも協力を求め、百数十回の入金記録を分析。米国人被害者の口座から国内の口座に直接振り込まれたケースに狙いを定めた。捜査員を米国に派遣して現地の銀行や被害者の聴取に立ち会い、慎重に証拠固めを進めた。
 県警が適用を視野に入れる組織犯罪処罰法違反(犯罪収益の収受)は本来、マネロンの封じ込めに主眼を置いて制定された。しかし実際は、国内のヤミ金や違法風俗に絡んだ暴力団への適用例が多く、海外から洗浄目的で流入した犯罪収益に適用されたことはない。
 「資金の動きからマネロンと判断できても、受け取った側が犯罪収益と知らなければ立証は困難」「違法収益の出所は国外。その犯罪を解明した上で被疑者に自白を迫る捜査になってしまう」。複数の捜査員はマネロンへの同法適用の難しさをこう説明する。それだけに、元警察庁刑事局長の岡田薫氏は「埼玉県警が立件に踏み切ることができれば画期的な一歩になる」と話す。
 国際通貨基金(IMF)の推計では、世界中で毎年、洗浄される犯罪収益は世界の国内総生産(GDP)の5%に匹敵し、日本円に換算して200兆円を超す。アサボー容疑者らの口座には7億円が入金し、千葉県警が摘発したナイジェリア出身の男らの口座には13億円が海外から振り込まれていた。国内にはさらに巨額の資金が流れていると予想される。久保田隆・早大法科大学院教授(国際金融法)は「日本は先進国の中でも群を抜いて現金使用率が高く、法整備の遅れなども指摘される。口座移動を繰り返し、途中で現金化するマネロンの経由地として狙われやすい」と警鐘を鳴らす。
 さらに、第3国へ送金されてしまえば「もはや追跡は不可能」(埼玉県警幹部)だ。「黒いカネ」はこの瞬間も日本をすり抜け、世界の闇へ消えている。
 01年の米同時多発テロ以降、犯罪組織の資金源やルート撲滅を図り、多くの国がマネロンの規制を強化した。「国際社会における日本の信用を失墜させるわけにはいかない」。県警幹部はそう力を込めた。
  ◇  ◇  ◇
 この連載は村上尊一、山崎征克、浅野翔太郎、小泉大士が担当しました。
………………………………………………………………………………………………………
 ◇犯罪収益の収受
 組織犯罪処罰法11条に定められた「違法な手段で稼いだ収益を、そうと知りながら受け取った」とされる罪。収益の出所となる「前提犯罪」には詐欺など200以上が指定されている。捜査では前提犯罪の解明と「受取人が犯罪収益と認識していたこと」(知情性)の立証がポイントになる。国内のヤミ金や違法風俗、振り込め詐欺などの事件に絡み、暴力団や詐欺グループに適用された例はあるが、海外で起きた事件の犯罪収益を国内で収受したケースに適用されたことはない。

9月14日朝刊

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070914-00000098-mailo-l11